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響く話…お弁当(前載せたけど)
2012年02月20日 09:28
小1の秋に母親が家を出ていき、俺は親父の飯で育てられた。
当時は親父の下手くそな料理が嫌でたまらず、また母親が突然いなくなった寂しさもあいまって、飯のたびに癇癪おこして大泣きしたりわめいたり、ひどい時には焦げた卵焼きを親父に投げつけたりなんてこともあった。
小2の春にあった遠足の弁当もやっぱり親父の手作り。
俺は嫌でたまらず、一口も食べずに友達にちょっとずつわけてもらったおかずと持っていったお菓子のみで腹を満たした。
弁当の中身は道に捨ててしまった。
家に帰って空の弁当箱を親父に渡すと、親父は俺が全部食べたと思い、涙目になりながら俺の頭をぐりぐりと撫で「全部食ったか、えらいな!ありがとうなあ!」と本当に嬉しそうな声と顔で言った。
俺は本当のことなんてもちろん言えなかった。
でもその後の家庭訪問の時に、担任の先生が俺が遠足で弁当を捨ててたことを親父に言った。
親父は相当なショックを受けてて、でも先生が帰った後も怒鳴ったりはせずただ項垂れていた。
さすがに罪悪感を覚えた俺は気まずさもあってその夜、早々に布団にもぐりこんだ。
でもなかなか眠れず、やっぱり親父に謝ろうと思い親父のところに戻ろうとした。
流しの所の電気がついてたので皿でも洗ってんのかなと思って覗いたら、親父が読みすぎたせいかボロボロになった料理の本と遠足の時に持ってった弁当箱を見ながら泣いていた。
で、俺はその時ようやく、自分がとんでもないことをしたんだってことを自覚した。
でも初めて見る泣いてる親父の姿にびびってしまい、謝ろうにもなかなか踏み出せない。
結局俺はまた布団に戻って、心の中で何回も謝りながら泣いた。
翌朝、弁当のことや今までのことを謝った俺の頭を親父はまたぐりぐり撫でてくれて、俺はそれ以来親父の作った飯を残すことは無くなった。
親父は去年死んだ。
親父が病院で息を引き取る間際、俺は悲しいのと寂しいので頭が混乱しつつ、涙と鼻水流しながら「色々ありがとな、飯もありがとな、卵焼きありがとな、ほうれん草のアレとかすげえ美味かった」と言うと、親父はもう声も出せない状態だったけど微かに笑いつつ頷いてくれた。
いまだに弁当のこととか色々思い出し、切なくて申し訳なくて泣きたくなる。。。
胸に響きます。子供の為に一所懸命お弁当を作るお父さんの姿が想像できて泣けました。格好いいお父さんです!
このウラログへのコメント
あ~あさん:私の両親は生きてますよ~
親子の情愛は美しくも悲しい。永遠に続くテーマ。でも誰が教えた物ではないが。生きる物の多くは情が有る。
なださん:確かに
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