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いい話:お身体を大切に

2013年11月16日 21:46

志賀内泰弘氏の心に響く言葉

アカネが配属されているJALマイレージバンクの事務局に、今から30分ほど前の午後5時12分、その電話はかかってきた。
「あの…、マイレージのことで相談に乗っていただきたいのですが…」
それは年配の女性の声だった。
「はい、どのようなご用件でしょうか」
マイレージの名義を夫から変更したいのです」
「と申しますと…」
「夫が亡くなりまして」
「それは…ご愁傷様でした」
こうアカネが答えると、女性は沈黙してしまった。
お客様、どうかなさいましたか」
「いいえ、なんでもありません。大丈夫です」
アカネはその女性が「大丈夫です」と口にしたことがかえって気になった。
「それでは恐れ入りますが、まずお客様ご主人様のお名前を教えていただけますか?もし、お手元にマイレージカードがございましたら、お得意様番号をお知らせください」
「はい、はい。…ええと」
アカネは、普段どおりに相続手続きの方法について説明をした。
遺産分割協議書などの書類をすでに作成しているかなどを訊き、印鑑証明の添付が必要な旨を説明。
もし、それがなければ、こちらから相続手続きに関する所定の用紙を送付することを告げた。
女性は、その間、ほとんど頷くかのように聞くだけ一方といった感じだった。
それが、一層、アカネには不安に感じられた。
「お手数ではございますが、よろしくお願いいたします」
「はい」
「それでは、奥様、どうぞお身体を大切になさって下さい」
そう言って、アカネが電話回線のスイッチを切ろうとしたその時だった。
「ぐっ」
言葉にならない、溜め息のような、いや、嗚咽にも似た声が聞こえた。
アカネは思わず問いかけていた。
「どうかなさいましたが、お客様
「うう…」
今度は明らかにそれが泣き声だとわかった。
お客様…」
何か自分は悪いことを口にしてしまったのだろうか。
この5分間ほどのことが頭の中を駆け巡った。
通常の業務内容、ありきたりの会話だったはずだ。
お客様大丈夫ですか?」
一拍おいて返事があった。
「ご免なさい。嬉しかったものだから…」
(え!?嬉しかったですって?)
女性は続けてこんな話をしてくれた。問わず語りに。
3ヶ月ほど前、30年近く連れ添った夫を亡くした。もうすぐ定年。
「時間ができたら、思い切って海外旅行へ行こうよ。それも、できたらヨーロッパのどこかの町に長期ステイがいいな」と話していた矢先のことだった。
ご主人は商社に勤めていたという。
そのため、海外出張が年に10回以上。
家を留守にすることも多かった。
「悪いな」と言いつつ子育ては妻任せ。
「苦労のかけ通しだったな」と口にはするが、会社がすべてのような人だったという。
それだけに、二人でヨーロッパへ行くというのは夢のような話だった。
ところが…会社から、夫が出張先の札幌ホテルで倒れたという知らせが入った。
心筋梗塞だった。
一人で出張だったので救命処置が遅れた。
ホテルの人が気づいた時には心肺が停止していたという。
そして、そのまま帰らぬ人となってしまった。
呆然とした。
しかし、悲しむ時間さえも許されなかった。
亡骸を家まで運ぶ手続き。
通夜告別式の準備。
会社の人たちが主になって動いてくれたが、喪主としてただ座っているわけにはいかない。
病院への支払い。
区役所への死亡届と埋葬許可証の申請。
次から次へと訪れる弔問客は、知らない顔ばかりだった。
疲労困憊葬儀を終えた後、寂しさに襲われた。
ひと月が経ち、ちょっと落ち着いた頃、預貯金株式、自宅不動産などの名義変更の手続きを始めた。
これが、何とも厄介だったという。
銀行証券会社も、提出する書類の多いことに参った。
「これでいいはず」と持っていく。
ところが、あれが足りないこれが足りない…と何度も追加や訂正を迫られた。
血が通っていないというか、お役所仕事のような冷たい対応だった。
他にも区役所の住民課、国民健康保険国民年金課、そして社会保険事務所税務署などへ毎日のように通った。
おおよその相続名義変更の手続きが終わった時、ふと頭に浮かんだのが、夫と約束していたヨーロッパ旅行のことだった。
海外出張が多かったので、マイレージが随分たまっていたはず。
夫もそれをあてにして算段していたはずだ。
夫のカード入れを探すとJALのマイレージカードが出てきた。
思い切ってカードの裏面にある番号に電話をした。
そこで出たのが、アカネだった。
そしてまた、他の役所や銀行と同じような型通りの会話が始まった。
「またか」と思った。
どこもかしこも、無味乾燥マニュアル通りの言葉。
仕方がない、この人もそれが仕事なのだ。
そう思いつつも、心のどっか片隅に憤りと悲しみが混在して虚しくなった。
「お手数ではございますが、宜しくお願いいたします」と言われ受話器を置こうとした、その瞬間だった。
耳元から優しい声が伝わってきた。
「それでは、奥様、どうぞお身体を大切になさって下さい」
「先程ね、電話に出られた時、いの一番に『ご愁傷様でした』っておっしゃったでしょう。そしてね、今さっき、貴女『お身体を大切に』って。私ね、この3ヶ月で一番嬉しかったんですよ、その言葉が。だって、銀行へ行っても区役所へ行っても誰一人そんな優しい言葉をかけてくれた人はいませんでしたから…」
「ご免なさいね。私、涙が止まらないの」
そう言う女性の声は、ずっと震えていた。

『翼がくれた心が熱くなるいい話』PHP研究所


人を思いやる言葉か、自分本位の心ない言葉か。優しい言葉か、型通りの冷たい言葉か。
たったひと言で、人は、幸せにも、悲しくもなる。

このウラログへのコメント

  • wwwうさぎjp 2013年11月16日 21:59

    人として接する
    当たり前だけど
    慣れて手抜きになると嫌だね。

  • なな♪ 2013年11月16日 22:15

    仮面紳士さん:ですね。私も気をつけたいと思います

  • なな♪ 2013年11月16日 23:35

    PANDAさん:そうですね真心感じられるサービスや接客は嬉しいですね

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