デジカフェはJavaScriptを使用しています。

JavaScriptを有効にすると、デジカフェをより快適にご利用できます。
ブラウザの設定でJavaScriptを有効にしてからご利用ください。

成程話:頑固にこだわり過ぎる人

2015年01月27日 23:37

精神科医、斎藤茂太氏の心に響く言葉

健康マニアの二人がいる。
食事はできるだけ自然のものをと心がけ、玄米無農薬の野菜、魚や植物性たんぱく質中心、塩はどこそこの岩塩だ、砂糖もどこそこの三温糖だと、まあ、じつにこだわる。
二人が寄れば情報交換に花が咲き、「なになにはガンの予防になるんだって」「なになには血をきれいにするんだって」などの話で盛り上がる。
しかし、二人には大きな違いがある。
友人と食事に出かけることになったとき、一人はどこまでも健康的な食事にこだわり、友人が誘うところをことごとく否定する。
「あの店は化学調味料ばっかり使っている…そういう料理はこわくて食べられない」
「そんなところより自然食レストランへ行きたい」
結局、友人のほうがこの頑固な人にあわせるはめになる。
いつもそんな調子なので友人もめっきり減ってしまった。
この人と食事に行けるのは、もはや同好の士だけである。
もう一方の人は、ふだんの食事を管理してはいても、友人と食事となると、まるで違う。
友人が「あそこの店に入ってみよう」といえば、「うん、よさそうな感じだもんね」といともあっさり同調し、「あなた、豚肉食べてもいいの?」と聞かれれば「いいんじゃないの、たまには」と平気で食べる。
日ごろのストイック食生活はどこへやら、友人といっしょのときにはなんでも来い、である。
食べ物のために生きてるわけじゃないんだから、みんなで楽しむときはみんなで楽しむ。それがいい」と威勢がいい。
さて、どちらがつきあいやすいかといえば、当然、後者である。
食べるものが合う、合わないの問題ではなく、相手や状況に応じて、必要とあれば日ごろのこだわりをいっとき頭の隅に追いやることができるかどうか、という問題だ。
これだけは絶対に譲れないというものも人間には必要だが、まわりの人間まで巻き込んでもらっても困る。
なにかにこだわること、大いにけっこう、かたくななこだわり、どうぞご自由に。
ただし、頑固にこだわった結果、気持ちよくつきあえる人を失ってもしかたがないという覚悟があるのならば、の話である。

『「なぜか人に好かれる人」の共通点』新講社


喫茶喫飯随時過(きっさきっぱんときにしたがってすぐ)」という禅の言葉があります。
お茶を飲むときはお茶を、飯を食べるときは飯を、目の前に出されたものをこだわりなく無心に味わうという意味。
「こだわり」はその人の基準。
その人独自の基準を、周りにまで押しつけるなら、相当はた迷惑な人になってしまう。
ある意味、かたくなな宗教と同じになるからです。
頑固にこだわり過ぎる人は、気持ちよくつきあえる人を失くす。
「これもいいけど、そっちもいいね」と周りのことも気持ちよく認めるなら、人は集まってくる。
みんなで楽しむときは、こだわりなく楽しみ、面白がる人でありたいな。

このウラログへのコメント

  • ゆうき2 2015年01月28日 05:06

    確かにそうですね。
    気がついて欲しい所です。

  • SYUZO- 2015年01月28日 06:47

    頑なにこだわると逆に片寄った食生活になって体にも良くないのですよ
    (  ̄▽ ̄)
    ほんとです

  • 2015年01月28日 14:20

    食事だけでなくその人の価値観なのでしょうね
    自分は無頓着過ぎでなにかこだわれる物探したい

  • なな♪ 2015年01月28日 23:51

    ゆうき2さん:そうですよね。こだわりすぎには気をつけなきゃ

  • なな♪ 2015年01月28日 23:52

    SYUZO-さん:私もそう思います。バランスって大事ですよね(*^^*)

  • なな♪ 2015年01月28日 23:54

    宵さん:これは!みたいなお気に入りになるものがあったらそれも素敵ですよね(*^^*)

コメントを書く

同じ趣味の友達を探そう♪

  • 新規会員登録(無料)

プロフィール

なな♪

  • メールを送信する

なな♪さんの最近のウラログ

<2015年01月>
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31