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成程話:人生の後半で受けとるもの

2016年11月23日 00:00

人生の後半で受けとるものの話。


若い時はわからないかもしれませんが、四十代、五十代の人生後半になり、人生の前半でなしたことのお返しをたくさん受け取るようになると、つくづくわかってきます。
良きことも悪しきことも人生の後半で受けとることになります。
「私たちはこの生で『人になしたこと』をすべて自分が受け取る」ように仕組まれています。
今ある境遇も今の状況も人間関係も、人に対する好意や嫌悪も、人から受ける好意も悪意も、そして自分の今の健康も、すべて自分が他の人々になした同じものを受け取っていきます。
だからこのことを知って早い時期から人々に「良きことをするクセをつけよ」。きっと人生の後半で報われるのです。
だから『お人好しになって、ひたすら良きことをなせ』。ひたすらの意味は「効果を求めず」です。
善意で生きた者が、人生の後半で大きな成果の果実を受け取るのは当たり前です。
怒りから発する言葉がなぜ悪いのか。
グチと文句がなぜいけないのか・・・別にいけなくはないですが・・・後でそれがもとで必ずトラブルが生じるからです。
なぜならグチと文句と不平、不満、怒り、この五つは「運の河のゴミ」だからです。
天が好きなものは、好意と善意と感謝です。
一流の人にならなくてもいいのですが、まず「怒りとグチと文句」の三つを克服しさえすれば、いつの間にか一流の人間になっているでしょう。

繁栄の法則その二
北川八郎 著
致知出版社より


稲盛和夫さんの言葉を思い出しました。
因果応報法則は、結果が出るまでには時間がかかることがあります。
原因に対して結果がすぐ出ることもあるにはありますが、多くの場合にはなかなか結果が出てこないのです。
しかし、20年、30年といった長いスパンで見ると、必ず因果応報法則通りの結果になっています。
悪いことをした人が繁栄していることはまずありません。
よいことをしてきた人が不遇のままでいるということもありません。
人生を長いスパンで見ると、大体つじつまが合っています」
昔の人は誰も見ていなくても「お天道様が見ている」と言って自分を律してきました。      
ある修行僧が、お寺の修行の中で一番つらいのは?と聞かれてこう答えています。
「私たち修行僧には掃除の担当が決められていて、ある人はこの廊下、ある人はこのお堂というように、割り当てられています。
しかし、その掃除を見に来る人、チェックしに来る人はいないんです。
その廊下は丸1日使われないこともあるし、誰が見てもきれいで、今日掃除をしなくても、誰にもわからない。
つまり、さぼっても手を抜いてもよいわけです。
掃除していないことが上司や先輩にわかったとしても、誰も何も言いません。
怠けてもかまわない。
そういうときの“怠け心”と戦うことが、私にとっては一番つらいことです」
よい種を蒔いていきたいですね♪

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