中日新聞より。

『お連れさんがみえますよ』


名古屋市名東区の渡辺さん(47)が、5月の連休に東京へ旅行に出掛けた際の新幹線ホーム待合室での話。
連れの女性と並んで座っていると、近くの席の男性がテークアウトの牛丼を食べているのが目に留まった。「こんなところで」と眉をひそめた。
連れの女性が「飲み物を買ってくるわね」と言い、席を立った。
渡辺さんは隣席の彼女のボストンバッグと日傘を、まとめて自分の足元へと移動させた。
混雑しており、誰かに座ってもらえたらという配慮だった。
しばらくして、40代のいかにも品の良い女性が隣の空けた席に座った。
渡辺さんは心の中で「ああ、役に立って良かった」と思った。
すると、牛丼の男性が、その女性に何やら話し掛けているのが聞こえた。
だが、ホームに入る列車音でよく聞こえない。耳を凝らすと「・・・そこは、お連れさんがみえますよ」と言っている。
女性は慌てて立ち上がり、渡辺さんの方を向き「あ、ごめんなさい」と言った。
「いえいえ、いいですよ。すぐに行きますから」と、座りなおしてくれるように手で制した。
その様子を見ていた牛丼の男性は、荷物を抱えて立ち去った。
おかげで女性は牛丼の男性の席に移動した。
そのすぐ後、渡辺さんの連れの女性は元の席に戻った。
「実は、連れの女性というのは、私の婚約者なのです。きっと、私たちの親しげな様子をそばで見ていて、気遣ってくれたのでしょう。待合室で牛丼を食べていたことに、正直なところ『マナーを考えない人だな』と思い込んでいました。少々、反省。おかげで楽しい旅になりました」と渡辺さんは話す。

《中日新聞掲載　2016年8月28日》