- 名前
- banana_record
- 性別
- ♂
- 年齢
- 51歳
- 住所
- 神奈川
- 自己紹介
- 人の話を聞く選手権県大会3位の実力です。聞こうじゃないですか。
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ジャンゴ(続き)
2006年10月18日 00:38
「ミルクホール」は静かな路地裏にひっそりとあって、なのに店内は混んでいた。足を踏み入れると、古い校舎を連想させる板張りの床がかすかに音を立てた。知らないジャズが流れていた。
空いていた奥のテーブルに座り、僕たちはまずビールを頼んだ。さっきの煎餅のせいで喉が渇いていて、すぐに2杯目をおかわりした。彼女が「おなかが空いた」と言って、お店の人に勧められた温野菜のサラダを頼んだ。その中のジャガイモだけもらって食べてみると美味しかったので、僕も同じものを注文した。そのあと、もう1杯づつビールを飲んで、それに飽きた彼女はワインをボトルで注文した。途中から僕もそれに付き合った。この辺りから2人とも気持ちよくなってきていた。
その間、僕たちはいろいろなことを話した。というかほとんど彼女が喋っていたようなものだ。会社の上司の悪口や、家族のことや、付き合っている彼氏のことや、学生時代のことなどだ。どの話も面白くて僕たちは大きな声で笑ったりした。その度に隣のテーブルのカップルに睨まれたりした。確かに話は面白いことは面白かったのだが、彼女の話す勢いはちょっと度を越していた。彼女があまりに喋るので、途中から僕は話の聞き役に専念することにした。絶妙のタイミングで相槌を打つことに神経を集中させた。
酔っていたせいもあって、今となっては話の詳しい内容はほとんど覚えていない。でも唯一はっきりと覚えているのは、彼女の飼っていた猫が病気で死んだ時の話だ。最後に猫は奇跡的に立ち上がって家の外に行こうとしたらしい。彼女が止めようとすると、猫は見たこともない顔で怒り、彼女の手を引っ掻いたそうだ。猫はそのまま覚束ない足取りで玄関まで歩き、彼女の靴の上で倒れ、そのまま死んだ。
彼女と鎌倉で飲んだ翌日、つまり月曜日、彼女は会社に遅刻してきた。オフィスに入ってきて僕と目が会うと、彼女は苦しそうな顔をして首を振った。僕だって二日酔いだった。
先月最後の金曜日、彼女は病気で亡くなった。詳しいことは聞かなかったけど、心臓の病気らしい。5年くらい前に結婚を機に会社を辞めて、それ以降はほとんど連絡を取っていなかった。よくある年賀状のやり取りだけの間柄だった。子供はついにできなかったらしいけど、今にして思えばそれはそれで良かったのかも知れない。
鎌倉の「ミルクホール」で、彼女は僕に向かって「あなたは同志だ」と回ってない舌で言った。70年代の学生かよ、と思ったけど、酔っ払った彼女の姿が可愛かったので許した。
DJANGO/MJQ
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