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女性の皆様には、興味の薄い話かも。 その3「本物の実戦性」

2016年10月08日 21:22

女性の皆様には、興味の薄い話かも。 その3「本物の実戦性」

はいっ。
一回、柔らかい話(?)を挟んで、またこういう話です。
うろ覚えですので、細部は違っているかもですが、
江戸時代に実際にあった話……だった、と思います。確か。多分。←頼りない


徳川家康が天下を統一して、戦なんて昔話の中だけとなった、
平和平和江戸時代武士は、どんどんサラリーマン化していきました。
でも、「治にいて乱を忘れず」とばかりに、真面目に武術を修行している
武士もおりました。

ここ、ほにゃらら藩の藩士、けー衛門もそういう人でした。
師匠の言いつけに従い、毎日黙々と、槍術稽古に励んでおりました。

「すううぅぅっ」 正座した状態で、置いてる槍に手をかけて
「はああぁぁっ」 槍を持って、鞘を取り払って
「むんっ」    片膝立ちで構えて、狙いを定めて
「えいっ!」   突く!

はい、もう一度。

「すううぅぅっ」 正座した状態で、置いてる槍に手をかけて
「はああぁぁっ」 槍を持って、鞘を取り払って
「むんっ」    片膝立ちで構えて、狙いを定めて
「えいっ!」   突く!

これを毎日毎日、何回も何回も。
けー衛門、真面目に続けていましたが、真面目なので考えてしまいました。

「この稽古、これでいいのかな? 本物の実戦、現実の戦場であれば、
鞘なんか最初から外してるはずだし、敵はいっぱいいるんだから、もっとこう、
ブンブン振り回すような練習をしたほうがいいのでは……」

そんな疑問が湧いてくると、稽古に身が入りません。
しかしサボるわけにもいかず。

「(太ももは、太くないとな)」  正座した状態で、置いてる槍に手をかけて
「(色気は、ムチムチにあり)」  槍を持って、鞘を取り払って
「(そこんとこ、わかってほしい)」片膝立ちで構えて、狙いを定めて
「(細けりゃいいわけではない!)」突く!

などと。
アホなこと(あ、いや、重要なこと)を考えながら。
江戸時代だっつーてんのに、ロボットのように体を動かしておりました。
頭の中はどっか行ってても、筋肉だけは延々と繰り返し。

そんなある日。
ほにゃらら藩の領内の山に、熊が出たとの訴えがありまして。
藩士たちは武器を手に、山狩りを行いました。

しかし。
1日かけて探索しても、熊は見つからず。解散となりました。

けー衛門も、早く帰って風呂に入りたいなぁと思いつつ、槍を担いで
山を降りていきました。勤務時間外であり、もちろんここは戦場ではないので、
槍には鞘がついています。人にぶつかったら危ないですからね。

その時!
突然、茂みをかき分けて、けー衛門の前に熊が出てきました!
けー衛門、驚いて腰を抜かしてへたり込んで槍を落として、
頭の中が沸騰して大パニック、何も考えることができず、身についた習慣で……

「ひえええええぇぇっ!」 ヤリ、テ、カケル
「怖いよおおおおぉぉっ!」ヤリ、モツ、サヤ、トリハラウ!
「助けてええぇぇぇぇっ!」カタヒザ、タテル、カマエル、ネラウ!
「おかあちゃああぁぁん!」ツクッッッッ!

泣きわめく暴走ロボットこと、けー衛門が、はっと気づいた時には。
けー衛門の槍は、襲ってきた熊の胸を深々と貫き、見事に仕留めておりました。

寝ぼけ頭のままで正確に洗面所までスタスタ歩いて顔を洗うような。
ブツブツとややこしく考え込みながら転ばずに自転車をこぐような。
そんな動きでした。頭の中はどっか行ってても、筋肉だけが動いたのです。

もしも。
「鞘を取り払う動作なんて、現実の戦場には存在しないはず。そんな練習は無駄だ」
ブンブン振り回す練習の方が、実戦的なはずだ」
と考えて、その通りにしていたら。そういう稽古を毎日していたら。

(今のパニックで……鞘付きの槍で熊をポカポカ叩いて……食い殺されてた……)

けー衛門は、日々の稽古の大切さを、「本物の実戦性」を思い知りましたとさ。
めでたしめでたし


と、いうお話。

「実戦は何があるかわからない、型通りに動いても対応できない」
「だから型の練習なんかやらず、ドカドカ打ち合うべき」
なんて言う人もいますけど。

「実戦は何があるかわからない」のはその通りですが、
「実戦だったら自分は何でもできる」わけでは全くありません。

型通りのこと「すらも」満足にできない、なんてことが充分あり得ます。
この話のように恐怖や混乱で、あるいは状況・環境のせいで。

だから。
まずは、型をしっかりと身につけることが大切。
守・破・離の三段階を、一歩ずつ踏んでいかねばなりません。

加えて。
この話の「鞘」が示しているような、
「本物の実戦性」の要素も、いろいろありますし。
その点は、前々回のログでも語らせて頂きました。


今回も。
予想できる反論と、それへの反論、ありますけどね。
とりあえずはこれにて。

おそらくこの話、この教訓は。
武術以外にも、いろんなことに通じると思います。
先人の知恵、おろそかにしてはなりませぬな。


☆☆ちなみに☆☆

少林寺の「演武」は、大体この話の通りで
説明終わりなんですけど。

空手の「型」は、この話とはまた全然違う意味が
込められているようです。

ただ、そちらは流石にレベルの高すぎる話ですし、
私の専門外でもありますので、詳しい話は控えておきます。


☆☆ふー☆☆

ここしばらく、かーなーり濃密なのが続きましたので。
次は、かる~い話題でいきます。

おつ華麗さまでした&
お付き合い下さってありがとうございましたっ。

このデジログへのコメント

  • はぎんちょ 2016年10月09日 11:18

    なるほど~

    やっぱり基本は大事っていうことですよね

    今、やってることが無駄じゃないかと思って

    も。。継続したら、報われる時がくるっ

    て。。

    私もそう信じたいです(^o^)v

  • けーでぃー 2016年10月09日 21:33

    > はぎんちょさん

    ですな。基本を習得できていない人間が、基本なんか役に立たないとか言っていてはダメ。
    遠回りに見える道が、実は一番の近道。……であることを、
    若い内に悟るのは難しいですけどね。

  • 木綿子 2016年10月10日 01:14

    戦時中の婦女子による竹やり訓練。
    不思議でしたが
    あれで勝とうと言うのじゃなく
    心を鍛えていたのですね

    そっかぁ

  • けーでぃー 2016年10月10日 22:10

    > 木綿子さん

    身体能力がいくら高くとも、恐怖や緊張で体が動かなくては無意味。
    しかし恐怖や緊張に潰されない精神など、容易には作れない。
    だから、恐怖や緊張があっても戦えるように、なんて面も。

  • とめを 2016年11月01日 09:42

    幕末の藩士達は戦場で普段の稽古の事なんか何も出ず、ただただブンブン刀を振り回すしかなかったらしいですね。
    多人数の戦ではまた色々ありそう

  • けーでぃー 2016年11月01日 22:26

    > とめおさん

    確か中国の格言で「千の技を知る者より、一の技に熟達した者を恐れよ」とか。
    実戦で、冷静に複雑な技を出せるような人間は、そうそういない。
    だから、単純な動きを肉体に染み込ませよと。

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