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中途半端な運転手の一日;魚のレストラン

2006年09月05日 11:33

オランダ観光地で古くから交易の港で栄えたホールンという小さな町に出かけた。 と、いっても観光ではなく家人の僕犬、更に行き帰りの運転手という一日お付の者の役目だったのだ。

もう大方17,8年になるか、母親が日本から来た折、その町の近くの牧草地、アイセル湖の堤防に沿って住む知人の写真家のうちに寄りひと時を過し、その後この観光地に来たのだった。 よく知らないがひょっとして長崎ハウステンボスにはここの16世紀中頃に建てられた港の入り口に立つ塔のレプリカがあるのかもしれないが、ここからもその昔、東方貿易のための何本マストかの帆船ジャワ中国あたりまで出かけたに違いなく、日本まで足を延ばしたこともあるのかも知れないとも想像し、また久しぶりにのんびりと町を歩いてみたいという希望もあったのだ。

この日、家人が、この町、ホールンの芸術家協会が協賛して、町の中心、広場、通りを日曜日のひっそりとした午後、180人の本職、アマチュア芸術家を招いて作品紹介、販売の見本市、また、それぞれ同僚の芸術家たちとの相互の意見交換、ネットワーク拡充の意味もこめた催しに物見遊山がてら、売れても売れなくても参加しようと言ったものの天気予報の芳しくない雨模様の中あまりひどくなれば途中で引き返そうとステーションワゴンに作品、折りたたみ椅子、などを積み込んでうちから80kmほどの町に出発した。 

途中スキポール空港近くの高速では走る4車線の真上を運がよければジャンボジェットが我々に腹をこすり付けそうに離着陸する様子が見られるのだがこの日はハズレで小型機が遠くに飛び立つだけだったが涼しく雨模様の日曜の朝10時、ちょっと景気付けにジャズFM局のボサノヴァを聴いていると滑走路の下をくぐるトンネルの真上にオランダKLMジャンボの青と白の尾翼が大きく三つ屹立しているのが見える。

一つ1m50x3mほどのテーブルがずらりと雨よけのテント下、長く歩道に沿って並んで、それに持ってきた作品のいろいろを家人が用意している間、当分は用のない使用人は暫し開放され古い町の沢山あるカフェー探索で寒さと景気付けの意味もありコーヒーとジンで一休み、そのあと町を歩き始めて、昔に来たときは車で別の方向から来たこともあり、その記憶も怪しく、とにかくぶらぶらと当てもなく、カフェーからもらってきたこの日の催しのための地元のフリーペーパー地図をたよりに散策を決め込んだ。 といっても小さい町のことでもあるし、400年前の栄光を残すレンガ造りの建物があちこちにあるところを眺めていると飽きる事はない。 けれど国内各地で見た町並み、建築様式とも混ざりここはあそこの町並みと似ているなと思案していると自然と類似の街づくりであるのが推察され、そのことでこれから10年もたてば余計に混乱するだろうということにも推察がいくのだ。 

家人の露店の交代まで2時間ほどぶらぶら歩いてはカフェーに入りジンをちびちびと舐め、アンティークの店を眺め港に行き当たれば大小の帆船を眺め、そのうち間もなく誰もが目指す港入り口の塔に来てみればここだけは以前の記憶と寸分変わらず妙な気分になったものだ。 他に覚えているのはちょっと歩いた小さな広場の角にある、これも昔栄えた多くの町の中心地にある公式計量所の建物だったがどことも大抵はしゃれたカフェーになっていて、ここもその例に漏れず、むかし家族と休憩したこともぼんやりと思い出したのだ。しかし、相変わらずその間の景色の記憶が全くないので歩いている間中話に夢中になっていたのだろうと結論付けて納得した。

港の魚屋で白身の魚を揚げた盛り合わせにニンニクの効いたタルタルソースをつけてもらい、袋に入ったその熱いのをぶら下げて家人の待つ露店に戻り、交代してパイプ椅子に腰を下ろし、家人がこれから町を見物がてら軽食をとりに行く2時間ほど、私はまだ暖かい魚をチェコヴァカンスで土産代わりに持ってきた缶入りのバッドワイザー・ビールで喰うのは悪くない。 幸いなことに通りかかる人々が少なく対応に追われるのでないからゆっくりまだ熱い魚を楽しんでいると、隣の陶芸家中年女性が私が美味そうに飲み食いするの見てどこで買ったのか問われ、道順を教えるとよほど腹が減っているのかその向こう隣の絵描きに店番を頼みそそくさと買出しに行ったのだったが、時折にしか太陽の出ない日曜日の午後にはこのような催物に興味のあるのは年寄りぐらいでしかあるはずがなく、日頃週日に街中で見る雑多に混ざった人々とくらべるとやはり服装、物腰が違う。

そのうちビールの酔いも手伝ってか腹もくちたのか居眠りをしてしまった。 その間には通り過ぎる人々にはお隣さんが対応してくれたそうで、けれど私を起こす必要もなさそうでそのままにされて家人が散策から戻りそろそろ片付けにかかろうと言う頃に起こされたのだった。 その頃には日差しも出始め暖かくなっており、これが昼寝の心地よさの素だったのだと苦笑したのだったが、そそくさと物を車に納めたら後は車をそこに残して家人の先導の下、散歩がてらまたぞろあちらこちらと狭い路地を抜け海を見に港に向かいあちこちのレストランの店先にあるメニューを比べながら結局、港の塔の狭い石の螺旋階段を昇って三階レストランにある300年は時間が戻ろうかという空間に落ち着く。

居眠りの後では余り腹も空いてはいないものの、もう夕食時にはなっているから2時間半ほどゆっくりゆっくりと幾つも少しづつ運ばれてくるフルコースを帰りの運転手でもある自分は炭酸水で、柔らかく調理された羊肉に年代物のワインを美味そうに飲む家人を前に見ながら、自分は様々に調理された何種類もの魚、貝類を腹に納めたのだが、久しぶりに夫婦二人でまともなレストランで食事をしたという満足感が得られ、また、これで夏ももう終わりだとは言えこの寒さから少しは持ち直すだろうとの予感を得ながら家路についた。

隣のテーブルではオーダーしたブルゴーニュ赤ワインが不都合のようでソムリエが自分で口にも含み納得してそれを引き、同種の新しいビンを開けたもののまた客が納得せずソムリエも一言二言今度は勧める旨説得するものの結局客の主張を容れ、今度はボルドーを開けて客も納得したようだったのだが、こちらは帰りの80kmを運転する身、あのけちがつけられたワインを試してみたかったと田舎の高速を走る前方に広がるワインレッドの茜雲を眺めながらその渋さか苦味かはたまた腰折れ具合かを想ったのだった。

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