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小林信彦 「うらなり」 文学界 2006年 2月号

2006年09月02日 09:52

今日、仕事の関係で味気のない部屋の中で2時間ほど時間をつぶさなければならないようになり、そこでたまたま手元の鞄の中に入っていた物がこれである。

「うらなり」とは漱石の「坊ちゃん」の中に出てくる教師の一人で、江戸っ子坊ちゃんが赴任した松山の旧制中学の教師の一人、結局、坊ちゃんがなんやかやでおもしろくない田舎の町を同僚と一緒に教頭やそれに追従するいけ好かない教師をなぐり、尻をまくって飛び出す結末のきっかけのひとつになる優柔不断、いるのかいないのかわからない性格の英語教師の渾名である事はいうまでもないのだが、この人物がその後、人生の終わりに当たって東京で旧同僚、これは本作では苗字堀田という名前で表されているものの漱石のものでは「ヤマアラシ」という渾名だったかと思ったのだが、とにかくこの、今は学習参考書で小銭を蓄えた教師に出会い朝から東京駅ステーション内のレストランで朝食の前からビールを飲むのを眺めながら漱石の話をうらなり側からとそれ以来2,30年の事情をお互いに語り合いながら綴るという体裁の、漱石の「坊ちゃん」に結末をつけようという試みのようだ。

この人のものはあまり読んだ事はないが、もう10年も以上前に「WC フラナガン、 小林信彦訳 ちはやふる奥の細道」というものを読んでなかなか面白いとおもったものだ。 小林がWCフラナガンが書いたものを訳したという体裁になっているのだが、それは芭蕉奥の細道を描いたものである。 その原文が英語の和訳にさまざまな脚注がついていてその脚注トンチンカンさに笑うというスラップスティック効果を狙っている事は確かで読み進めて行くうちに小林創作だと分かる事は明白でそこからは話の筋とも相まって、当時の生半可な日本通アメリカ人がものすればこういうものになるのだろうという、一種、昔のタモリが内輪で演じたような抱腹絶倒的効果を醸して充分楽しんだものだ。 その後、この本を私から借りて読んだ日本人女性から半端なアメリカ人が日本のものを書いたらほんとに妙なことを書くのね、と本気であとから感想を聞かされ、私もそれにただうなずいて訂正をしなかったことも微笑ましい思い出となってもいる。

この数年、アメリカ人化をなしたアジア人の自分史を基としたものが売れる風潮を下敷きに、才能のあるアメリカ人が机上の勉強でものした芸者の一生を、また、それが映画化されて、その映画の中ではあえて京都という名前を出さない奥ゆかしさに不思議な気持ちがしたものの、それもちょっとした話題にもなったのだが、又、10年以上前は「ショーグン」などのテレビのシリーズでそれを観た感想はあまりのご都合主義にあきれるところもあったのだ。 エキゾチズムに歴史のフリカケを適度に散りばめて電子レンジで出来上がり、といった具合だったのだ。 そういう時代の小林=フラナガンの作は一定の風刺が効いていた。

小林は日本の近代喜劇史の中で特にテレビ文化の勃興期のさまざまな内外の人物評論に長けているらしく、2年ほど前か何かの連載で渥美清との交流を描いたエッセイ風観察記録を読んで渥美の人物とそれに添う小林自身もそのなかで浮かび出るというなかなか興味ある読み物に接して、上記、「アメリカ人作、芭蕉の物語の日本語訳」のことを思い出したのだった。

漱石のものはかなり昔に一応は通り一遍に読んだのであるがどれも殆ど記憶がなく、「坊ちゃん」にしても乳母の清という名前は覚えているものの肝心の坊ちゃん本人の名前を思い出せないという体たらくであるので、それがこの作の「うらなり」の印象をも薄いものにしているのかという自省がはたらくのだが、それでも坊ちゃんを背景に置き、ここでは主人公うらなりを「坊ちゃん」以後にヤマアラシと合わせるという構図は当然、この事件にからむ佳人「マドンナ」のその後に読者の興味を集めてうらなり主役だけでは弱く、そこで女で客、読者を釣って引っ張る、という芸の常道、その狙いもあると推察する。  

とりわけ、うらなりのマドンナとの決別における、唯一の非うらなり的ともみえる処理については小林の突き放した態度には漱石坊ちゃん描写から滲むシニシズムが、それは教科書や映画での江戸っ子、単純、熱血というものではくくれないものなのだろうが、その漱石の内面、態度を継承するものとして、以前に小林訳でフラナガンという架空作者に添ってその人物を揶揄した態度に比較すると、ここではそれぞれの人生の行き越しを漱石のシニックをも剽窃気味に描いていて、それも醸しだされた明治から大正セピアトーンと交じり合い、なかなか味のあるものである。

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