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修羅雪姫; 観た映画 Sep 06  (1)

2006年09月06日 23:54

修羅雪姫

東宝 (1973)

97分カラーシネマスコープ


監督 ................ 藤田敏八
原作 ................ 小池一雄上村一夫
音楽 ................ 平尾昌晃

出演

*鹿島雪:    梶芽衣子
* 足尾龍嶺:   黒沢年男
*鹿島剛:    大門正明
*鹿島小夜:   赤座美代子
*塚本儀四郎:  岡田英次
* 正景徳市:   地井武男
*北浜おこの:  中原早苗
* 竹村伴蔵:   仲谷昇
* 竹村小笛:   中田喜子
* 松右衛門:   高木均
*柴山源三:   小松方正
* 道海和尚:   西村晃

 
ヨーロッパ若者向け音楽TV局MTVがこの半年か一年ぐらいアジアの映画を流している。 まあ、テレビ時代の音楽専門局でその音楽の主題が殆ど男女の出会い、別れのようなもので、それを3分程度の物語に編集したものをヴィデオクリップで流し続ける性格上、そこに劇場映画が流れても何の不思議もないのだけれどカルトホラーを中心にプログラムを組んだりしてなかなか面白そうなのだ。

ここで初めて貞子のリングを観てバジェットの小さい映画にしては冷やりとしたし、本当に久しぶりに「テキサスチェーンソー・マサカー」を観て苦笑の連続だったりもした。 また、ほかには殆ど視聴者にはなんのことか理解できないだろうなとも推測できる、70年代には大層政治問題までにもなったKCIAによる金大中拉致事件を題材に韓国で製作された「KT]をも放送され映画とMTV局にも感心したのだった。

私が大学生の頃、下宿の近くの学生めあての食堂漫画雑誌の「同棲時代」というのがトレンディーでそれが上村一夫だったと記憶する。 本作はその人の劇画映画化らしい。 だから映画中ある部分でその画が出て上村の作風を懐かしく思ったのだが、劇画の世界とフィルムに映像化されたものをくらべると、もう30年以上経っているのだからなかなかすっきり感情移入出来なくなっている部分もあるのは仕方がないけれど復讐譚には惹かれるものがある。

人は生まれたときから親の復讐を背負って生きられるものだろうか。まあ、古くは曽我物語の例もあるが少々趣が違う。 理不尽な略奪殺人に復讐するために母は監獄で男と無差別にまぐわい男を産んでその子に復讐させようと願うが雪の夜に生まれたのは女のユキである。 色きちがいと周りの女囚達から蔑まされても最期にはこの話を恨む女の産褥の中で聴かされ納得するのだが、この女もあながち復讐のためだけにまぐわったのではないような話ではなかったか。 そのほうが多少は救われる。

しかし、かわいそうなのは重荷を背負わされて昔旗本、今なまぐさ坊主の西村に育てられる梶芽子である。 たるに入れられて坂を転がされるわ、はだしで寒い冬に立たされしっかり暖かく着込んだ西村にちゃんばら稽古のあげく冷たい池に投げ込まれるわ、まるで子供の頃に漫画で父親にしごかれる星飛雄馬の「巨人の星」のトーンでもある。 そういえばこの映画の原作者小池にしても巨人の星原作者梶原一騎にしても当時の漫画劇画になって高度成長時代の劇画界の中核だったではないか。 この劇画の歴史は今も引き継がれ社会現象に影響するほどにもなっている。

当時にはすでに斜陽であったヤクザ映画に藤純子の跡として目されたのがこの梶だったのだろう。 緊張していてもどこかおっとりとした印象の藤にくらべると、張り詰めて眉の間に影を作り自制の紐が切れそうな梶は魅力的である。

修羅の子のユキだから、修羅雪姫だと後ほど知り合いになる明治版カワラ版屋の黒澤年男に命名されるのだが黒澤の雪に対する興味、同情、恋心、最期には自分の父、梶の仇の頭目に対するコンプレックス知識人弱腰で結局悪役岡田と梶の仕込み杖の直刀で串刺しにされて絶命する。 当然の帰結である。毎週届くテレビガイド日本映画「Surayukihime」と出ているのを見て、あ、またこのオランダ人、読み違えミスプリントだ、んとに、 Shirayukihimeでしょ、と思ったのがこの映画を観るきっかけだったのだから、このような妙な名をでっちあげた黒澤は梶の怒りに串刺しにされても線香の1本も手向ける気にはならない。

残念だったのはこの映画の中で最期だけクローズアップされてブザマに殺される岡田英次である。 主人公の父親を殺し、母親陵辱し、アヘン貿易で儲け、政府に取り入って武器を一手に扱う大物であるのだからその人の話は面白くないはずはない。 新聞記者ある子供の黒澤はなぜ貴重な主財源を逃したのか、今は結ばれているはずの梶に説得し、懇願して映画化を豊かにする案を出さなかったのか、それに一方、岡田はこのように用心深く魅力のある性格であるのだから自分の何人かの情婦を育てて梶に対抗するための護衛をはべらせていてもよさそうなものである。梶もここでは岡田の凶弾が美しい顔を損なうことなくかすり、刀傷を負っているので力量はスパルタで鍛えられた梶には劣るものの鹿鳴館に送り込んだコンパニオン達のジムでのトレーニングで倒せないはずはない。 また、鹿鳴館の内部にに安物の阿片窟を備えているというのは明治政府の文化爛熟の兆候でもある。現在では外務省接待用に用意してあるワインリストが時折新聞に出るが、当時の宴席に並ぶフランスワインの銘柄を見られなかったのは残念なことである。

このような破れ目の多い物語に安物好きで一頃もてはやされアメリカ映画ジャンルを打ち立てたタランティーノが目をつけたのも頷ける。 TVの前で一緒に見ていた子供達が、あ、ここは「キルビル」と同じだ、と教えてくれたのも一、二回だけではなかったようだ。 当時、梶をスクリーンで見なかったことは今となっては過去に逃した宝石のようではある。

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