- 名前
- ゆり
- 性別
- ♀
- 年齢
- 44歳
- 住所
- 大阪
- 自己紹介
- ゆりはごく普通の天然女性です。 よろぴく☆ ログも読んでやってね。 アドヴァイスもよろぴ♪
JavaScriptを有効にすると、デジカフェをより快適にご利用できます。
ブラウザの設定でJavaScriptを有効にしてからご利用ください。
ハラスメントシリーズ★旧団体間の確執
2009年03月04日 03:08
2001年冬、私が偶然見つけたA団体のホムペ。
A代表は時事問題について意見を述べ
「みなさんのご意見を教えてください」とコメント。
私は自分の意見を書き送信し、翌日A代表からメッセボックスを通じて返信あり。その後も何回かメッセの交信が続いた。
そしてあるときA代表から「一度支部にお越しになりませんか。大阪に私が行くときをお知らせします。」と持ちかけがあり、私も『支部に行かせていただきます』と返信。
旧団体との交流はここに始まる。
しばらくの間、A代表は月1の割合で関西に来ていたが段々インターヴァルがあいていき、そのうち関西方面に来なくなった。
団体ホムペからA代表のあいさつやコメントは消えていった。
メッセボックスから彼の場所は消え、メッセが送れなくなった。
私は大阪支部の人にも聞いてみた事もある。
「A代表、どうしておられます?全然コンタクトが取れないですけど」と。
当時の大阪支部の女性会員K賀さんは(※後に判明したが彼女は反A代表派で、A代表更迭を望んでいたひとり)
『A代表は私達の面倒を見るのが実は嫌だったみたい。会議もホムペ作成も、何でもBさんに押し付けてばかり。もしかしたら私達は捨てられるかも…』
…しかし、K賀さんの言葉がウソであり団体内部では着々とA代表追い出し作戦が進行中だった事を私は2005年に知る事になる。
2005年夏、CさんとS見さんが大阪に来た。
私にお茶でも飲みに行こうと連絡が入り、
私はふたりに会った。
そこで聞いた真相・・・
実はA代表は団体の活動から逃げていたのではなく、Bさんをリーダーに古参会員10数名によってつまはじきにされていたのである。
CさんとS見さんは時々出張で東京に行く。
その際にA代表と会い話を聞いていたらしい。
もともとA代表はT代夫人と反りが合わず、
よく意見対立していたらしい。
2002年からA代表とT代夫人は会えば口喧嘩ばかり。T代夫人は二言目には「会がいままで持ちこたえたのはBさんのおかげ。Bさんが筆頭に出るのが当然なのにどうしてA代表がすき放題にするのか」と会議でも発言していたらしく、A代表は会議にも参加許可されず、Bさんの意見を中心に進められていったらしい。
(ウラに続く)
このデジログへのコメント
ぉぉ☆
一人の傲慢な夫人の力で団体の方針を決定されていったんだぉ・・・w
(ウラに続く)
コメントを書く