中日新聞より。少し印象に残った話。

『台風18号と電話交換手』


台風18号が知多半島に上陸した、9月9日早朝の出来事。町上（まちがみ）さん（59）は、美浜町役場で電話交換の仕事をしている。
今年の春から始めたばかりで不慣れではあるが、日々一生懸命。「絶対、遅刻するわけにはいかない」と、いつもより早く家を出た。
武豊町の自宅から車で南知多道路に乗る。ところが、美浜インターを降りたとたん、一般道が冠水して立ち往生。やむをえず、えびせんべい工場の駐車場に車を置かせてもらい、約2.5キロを傘を差して歩き始めた。
しだいに雨風が強くなり、膝まで水につかりながら重たくなった長靴を引きずるようにして進んだ。
そこへ1台の軽トラックが目の前で止まった。運転席の男性から「役場方面へ行かれますか」と声を掛けられた。事情を説明すると気安く乗せてくれた。
キウイ栽培の温室が心配になり、見に行くところだという。
役場に到着すると、これ以上ぬれないようにと屋根のある正面玄関に止めてくれた。名前を聞いたが「そんなことええわ」と教えてくれない。
車内のたばこに目が留まったので「たばこでも買ってください」とお礼を包もうとしたが「ばかなことせんでええ」と拒まれた。
仕事の席につくなり電話の嵐。「裏山が崩れた」「川があふれた」などという電話を途切れることなく災害対策本部につないだ。
町上さんから、軽トラックの方へ。
「おかげで定時に出勤できました。ありがとうございました。車内をぬらしてしまいごめんなさい。キウイは無事でしたでしょうか」

《中日新聞掲載　2015年(平成27年)11月15日》