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印象的な話、3つ

2013年10月28日 09:54

[マロ]
物心ついた時から一人が当たり前だった。
両親の夫婦仲は冷め、お互い医療関係者で仕事が忙しく、家には殆どいなかった。
学校では喋らない上に小太りだったこともあり、いじめられていたでも別に悲しいとは思わない。
冷めた子供だと自分で思っていた。
小5の夏休みに入った次の日、大きな箱を手に祖父がやって来た。
箱を開けて驚いた。
中には少し大きくなった子犬が入っていた。
初めてみるトイカラーのその犬には茶色い眉毛があった。
「これはお前の犬だよ」と言った。
父も母も初めからそのつもりだったようで、犬はマロと名付けられ私の犬になった。
学校から帰るとすぐにマロと遊ぶ、本を読み聞かせたり、躾をしたり、マロは私の弟であり、親友だった。
そんなある日、男子から酷く悪口を言われ小突かれた。
家に帰り、尻尾をふるマロをみて気が付くと涙が溢れた。
抱きしめ何時間も泣いた。
泣き止んでもマロは傍にいて手を舐めてくれた。
誰かの前でしか泣けないこともあるんだと知った。
それからもマロとはいつも一緒だった。
同じベッドで眠り秘密話をしてくすぐりっこしたり、愚痴を言ったりした。
私が犬を飼っていると知ったいじめっこが「お前みたいなブスに飼われてるなんて世界で一番不幸な犬だな可哀想」といってきた。
そのことが気になり、マロの健康診断の時に思い切って獣医さんに「飼い主が不細工だと犬は他の犬にバカにされますか?悲しい思いをしますか?」と聞いた。
獣医さんは驚いて「そんなことはないよ、絶対。犬が一番悲しいのは大好きな人が悲しんだり悩んだりすることだよ」
そういった後に「後これは個人的な意見だけど、君の犬はとても幸せそうだよ。君に似てとても可愛いしね」と言ってくれた。
マロは不思議そうにこちらを見ていた。
中学になり高校になり、マロも私も年をとった。
それなりに友達もでき、家に連れてくるとマロは友達に自分のお菓子くわえてもってきて分け与えてくれた。
友達は笑い喜んでいた。
そしていつの間にか医者になる筈だった私は獣医学部に入っていた。
今、例の獣医さんの病院でアルバイトもしている。
私が獣医になる頃にはマロは生きていないかもしれない。
これから勉強で忙しくなるし、あまり相手もしてあげられないだろう。
だけど、私はペットという家族に恩返しがしたい。
きっとそういったらマロはまた手を舐めて誉めてくれるだろう。


[有り難う、お母さん]
貴女は私を産むまでずっと父の暴力に苦しんでいましたね
私が産まれて時、貴女は泣きながら喜んだんですね
私が一歳の誕生日に、借金を抱えたまま父が自殺しましたね
借金を返すために昼はパート夜は居酒屋で仕事の毎日でしたね
保育園では遠足おやつは雑穀のおはぎでしたね
小学校給食費を払えない月もありましたね
修学旅行のお土産はご当地キーホルダーだけでしたね
中学制服は親戚のおさがりでしたね
高校お弁当はいつもご飯に梅干しと海苔でしたね
無理を承知で大学行きたいと頼んだ時、貴女は反論しませんでしたね
ごみ処理場から捨てる予定の参考書をもらいに行きましたね
お金がかかるから私立は受けられず、国立専願受験でしたね
センター試験の前日には初めて特上寿司を食べさせてくれましたね
センター試験に失敗したけど、貴女は最後まで諦めないよう励ましてくれましたね
前期に落ちて、一度私は自殺しかけましたね
貴女は怒ることもなく、ずっと私に謝り続けていましたね
私も貴女にずっと謝り続けましたね
そして私は気持ちを切り替えて後私はその後も頑張って勉強して、何とか後期に合格することが出来ましたね
貴女はずっと「おめでとう、おめでとう」と泣き続けてくれましたね
でも貴女は入学の準備の時に急に倒れて病院に運ばれましたね
医者が、癌が全身に転移していてこれから一週間が峠だと告げましたね
私がただただ泣き続けている時に貴女は「この体の傷や癌の一つ一つがあなたを育てあげた立派な勲章なのよ」と微笑みながら言いましたね
貴女は最後まで泣くことも苦しむこともなく、静かにこの世を去りましたね
今私は医者になるために毎日一生懸命に勉強していますよ
貴女の命を奪った癌に苦しむ人々を治療して助けたいから
私が育った環境は決して恵まれてはいなかったけれど、貴女に生まれ、育てられて本当によかったよ
有り難う、お母さん。


[お日様の匂いのする布団]
江南市石原豊子さん(80)は、自宅でご主人(85)の介護をしている。
緑内障で目が不自由。耳が遠く、耳元で大声で話さないと聞こえない。
何より困っているのが、物忘れが多くなってきたことだ。
日に何度も「わしの年はいくつだった」と訪ねる。
以前、自転車で出掛けて側溝に落ち、救急車で病院へ運ばれたことがあるが、そのことが思い出せない時もあるという。
豊子さんも3年前に脳梗塞で倒れた。
今も後遺症で左半身が不自由だ。
ご主人にはデイケアーサービスを受けても貰いたいが、本人は健康だと思っているので「必要なし」と言う。
ヘルパーさんやシルバー人材センターの方達に、家事の手伝いをして貰いながら何とか生活している。
ある日のこと、庭に出てみると隣の家の奥さんが布団を干しているのを目にした。
垣根越しに、ついつい言葉がでた。
「私どもでは、もう何年もお日様の匂いのする布団に寝たことがないので羨ましく思います」
愚痴を言ってしまったかなと後悔した。
その翌朝。隣の奥さんが訪ねてきた。
「今日はお天気がよいので布団を干してあげましょう」
自営業をしていて昼食には一旦帰宅される。
その際、布団を取り込んでも下さった。
有り難くて胸が熱くなった。
久しぶりに暖かな布団で眠ることができた。
リハビリの為に散歩に出掛けると、「どうですか」と声を掛けてくれる人もいる。
惣菜を持ってきてくれる人も。
「自分が元気だった時、人にこんな親切ができていたかと思い返します。皆さんに感謝しています」とおっしゃった。

このウラログへのコメント

  • なな♪ 2013年10月29日 21:44

    ころすけさん:こちらこそ有難うございます

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