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恵篇(前編)

2006年06月28日 10:50

 いつの間にか、俺は恵の部屋のドアの前に立っていた。
 すでに夜も遅く、居間の電気は消えていた。

 トントン……

 俺は、ドアをノックした。

「……」
 返事がない。
 寝ているのか? と思ったが、そうではなさそうだ。
 ドアの隙間から、部屋の灯りが漏れている。
 ノブを回すとドアが開いた。

「……」
 部屋の中に、恵の姿は見えなかった。
 バスルームから、水の音が聞こえてくる。
 俺はしばらく、ボーッと立っていた。

 どうしたらいい……出たほうがいいのか?

 その時、水の音が止まった。
 俺は慌てて、どうすればいいのかわからず、キョロキョロとしてしまった。

「……?」
「……?」
「……!?」
 バスルームから出てきた恵と……バッタリ出会ってしまった。
 恵の目が……大きく見開かれる……
 驚きのあまり、俺も顔をそらす事ができなかった。
 そのまましばらく、恵と俺はお互いを見つめあう格好になった。

 ……胸が高鳴る。

 恵は……どういうわけか、悲鳴もあげなかった。


「……ど、どうしたの。お兄ちゃん」
「え……」
 妹の声。
 思わず間の抜けた声を上げていた。
「あ、その……」
 顔をそらすこともできずにただボーッと、妹の身体を見ていた。
 俺はいったい……何をしてるんだ?
「あ、す、すまない!」
 そこでようやく自分のしていることに気づき、慌てて外に出ようとする。
「待って!」
「……え?」
 呼び止められる。
 いや、腕を掴まれていた。

「待って、お兄ちゃん……」
「……」
 強い力ではなかったものの、裾を掴まれた俺は動けなくなってそこで立ち竦んでし
まった。
「そ、その……私は大丈夫だから」
「で、でも……」
「ちょっと、びっくりしたけど……」
「ごめん。夜中なのに」
「ううん、いいの。お兄ちゃんは特別だから」
 恵はそう言って掴んでいた裾を離してから、俺の前に立つ。
 湯上りで火照った身体から立ち上る恵の香りが俺の鼻腔をくすぐる。
 クラクラした。
「ここ、座って」
「う、うん……」
 恵に言われるがままに、彼女のベッドに腰を下ろす。
 普段なら女の子のベッドに座ることなどしなかったのだが、そうした判断ができな
くなるぐらいに動揺していた。
 本当に俺は一体、何をしているんだろう。
 眠れない程に気になっていた筈のことが、霞のように頭から消えていく。
 俺は真っ赤になって、そのままぼんやりと立ちつくす。
「あの……お兄ちゃん……」
「う、うん?」
 びっくりして、声が上ずってしまった。
「こんな時間に、私の部屋に……」
 一つ一つ噛み締めるように恵が呟く。
 気がつくと、恵の顔も真っ赤になっている。
夜這いにきたわけじゃ、ないんでしょ?」
 よ、夜這い!?
「と、とんでもない! その、お、俺は……」
「わかってる、わかっているから落ち着いてお兄ちゃん」
 慌てふためく俺を宥める恵。
 まさかそんな風に思われていたなんて。
 でも、いきなり夜中に部屋に入ってきていたのだからそう思われてもおかしくはな
い。
「俺は、その……」
 昼間インターネットで見つけたあの別荘の写真を、できれば住所を知りたかった。
 マナと18年間共に過ごしてきたあの場所を。
 マナに会えるかもしれないあの場所を。
 忘れろと言われたけれど、決して忘れることはできない。
 俺はその為にここに来たのだと思い出した。
「お兄ちゃん、突然部屋にいるんだもん……」
「すまない……」
「いいんだってば」
 恵が、笑いながら手を振っている。
「と、とにかく俺、ひとまず部屋を出てるから」
 話はその後でと立ち上がりかけると恵に制された。
「いいのよ」
「でも、その格好のままじゃあ、風邪をひいてしまう」
 お風呂上りなのだから尚更だ。
大丈夫
「だけど」
「だったら……」
 恵はそう言って俺の隣に腰を下ろすと、
「お、お兄ちゃんが……」
「え?」
 真っ赤になって何かを呟いたが最後の方が聞こえなかった。
「お、お兄ちゃんが……」
「めぐ……?」

 暖めてくれる?

 そんな風に聞こえた。
 いや、聞き違いだ。
 そんなことは……

「昼間の別荘が気になるの?」
「!?」
 何の前触れも無く、その話題に触れられた。
 慌てて顔を上げると、対照的に恵は顔を伏せていた。
「お兄ちゃん、そこに行くの?」
「い、いや……」
 そんなつもりで、いる。
 行かなくてはならない。
 行かなくちゃいけない。
「行かせたくない」
「……え?」
「お兄ちゃんを、行かせたくない」
「めぐ、み……?」
「お兄ちゃん、きっとそこにいったらもう帰ってこない気がするから……」
「なっ!?」
 そんな馬鹿な、そう言い掛けて口籠る。
「恵の前からいなくなっちゃう気がするから」
「そんなことはない。すぐに帰ってくる。ちょっと行って、ちょっと見て戻ってくる
だけだ」
 今更行かないとか、そのレベルの嘘はつけない状況だった。
 元々、俺は嘘が下手な人間らしいし、何より嘘をできることならつきたくなかった。
「約束する。きっと帰ってくるから」
 そう重ねて言う俺の言葉にも恵は大した反応を示さない。
 だからこそ必死になる。

 俺は恵がいたからこそ、ここに存在できる。
 この世界にいられる。
 その恵を哀しませたくない。落ち込ませたくない。
 必死だった。

「お兄ちゃん……」
「恵……」
「あのね……お兄ちゃんがね、さっき部屋にいた時すごく驚いたんだ」
 また話が戻っていた。
 どういうことなのか。
 俺は更に混乱し、動揺する。
 恵のことがちっともわからなかった。
「それは……」
「だって、それまでずっとお兄ちゃんのこと、考えていたから」
「!?」
 ゆっくりと顔を上げた恵の顔は真っ赤になりつつ、微笑んでいた。
 嬉しそうに。
 そして、愛しそうに。
「お兄ちゃんのことを考えていたら、すぐ目の前にお兄ちゃんがいたの」
「……」
「すごく驚いたし、すごく嬉しかった……」
 はじめて見る、妹の顔。
 その目は潤み、声が震えていた。
「ずっと気づいてたけど、ずっと気づかない振りでいたけど、我慢したけど、忘れよ
うとしてたけど……でも、駄目なの」
「めぐ……」
「今、こうしてお兄ちゃんを前にしていると止まらないの」
「……」

「お兄ちゃんが、好きです……」
                  続く

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