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お久しぶりでございます。近況は

2009年10月25日 20:35

前回の日記で、翌日に書こうと思っていたのですが

今日になってしまいました(汗)近況は

☆☆☆老人介護施設に就職しました☆☆☆

在宅介護英会話教室も並行してやっているので

なかなか休息や時間がとれなくって(@エ@)…ガンバ

あと、アカペラサークルも週2回(笑)

でも忙しくしていても、どこか上の空というか

頭の中は、釈然としないかも。父がなくなってから

「死」の意味について考えてしまう。

死んだ人はそこから新たな出発があり、そこは単なる分岐点にしか

すぎないかも知れなければ(新しい場所へ行く等)

「死」は生者に対する意味合いのほうが強いのではないかと

思う。

つまり「死」は生者の為に用意されたものでもある。

前提として死者に対する用意されたものでもあるだろうから

両者の為に…


生者は「死」を通じて、何を見出さなくてはならないのか?


確かな悲しみは受け取った。

すい癌末期で治療法がないと告知を受けた本人は

どのくらいのショックと絶望を感じたのだろう、というのは

計り知れるものではなくて。。だから余計に悲しいのかも。

だって、全てをわかってあげれたら

まだ生きたかったという気持ちをわかってあげれたら

悲しみよりも「そうだよね、そうだよね」って共感に近い

感情になるのかな、と思う。

どんなに辛かったことだろう?、と、そういう分からない

ことが、きっと悲しいのではないだろうか。

前提としてわかってあげたい、という気持ちがあるから

人は悲しむのかな。

このデジログへのコメント

  • やじろべい 2009年10月25日 20:54

    もう年老いた母が言うには死は怖れるものでは無く死んだ親友とか親、夫からお迎えがくる感じ?だそうです…

  • 高倉 2009年10月25日 23:14

    ものたん♪さん、まだ心のキズは癒えませんか?貴女は懸命に尽くしました。
    神はよくご存知です。

  • ものたん 2009年10月29日 23:16

    有り難うございます。老年期になると心理学では死への受けいれ期間に入れるのでその期間に葛藤はなくなっていくようです。若いと死を受け入れるのは苦しいと思います63歳7ヶ月はまだ生きたかった年かな?

  • ものたん 2009年10月29日 23:18

    有り難うございます。私は精一杯やったと自分で納得していますがでも告知をされた時にどれだけ悲しみ苦しみ絶望があっただとうと、その父の心に突き刺さった傷みがあるだとうと思い、辛くなるんです。

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