部屋を創る

俺の他人への距離感は、その人間をどれだけ鮮明にイメージできるか。
そしてその人間と過ごしたことの無い時間をどれだけ鮮明に「思い出せる」か。

これが遠近にそのまま跳ね返ってくる。


ただそれだけではなくて。部屋を創る。
俺の血肉の奥の奥、そして心の奥に。
鮮明にイメージすればするほど、そのイメージは自己主張をし始める。
彼、或いは彼女の趣味嗜好、普段の言動、俺の主観、色々な材料を使い再現されたそれが、それぞれ独り歩きをし始める。独り歩きをして声をあげる。

だからそれらの声通りに部屋を創る。
もしかしたらそれは、イメージが拡散しない様に保全をする為なのかも知れない。

ともかくも内装や外装、こういうモノを頭で造りだし、そこへイメージを住まわせる。


住まわせたイメージは、風呂で本を読んだり、服を切り刻んだり、料理をしたり、写真を撮ったり、絵を描いていたり、パズルをしていたり、ビリヤードをしていたり


俺が意識を向けると彼らは思い思いに動き始める。


最初に想い、創ったのは自分のそれだった。
以来、それが馴染むにつれて、離人症のような感覚を覚えることが増えてきた。
その部屋へ住む自分がまさしく自分であり、俺自身は自分の外殻の様なものではないかと思う、そんな感覚。離人症とは違うのかも知れないけれど。

だから俺は色々なことがあってもいまいち堪えないのかもしれない。
痛みとかそういうのは、自分でありながら自分ではない外殻に任せればいいのだから。


外殻、中身、そしてよくわからないけれど自分の内面世界と外の世界をすり合せる調整役としての自分というか、そんな意識みたいなものも感じる。

あくまでこれは自分の内面世界の事であり、外、つまり現実とは違うのだ、だとか

内面に住まわせているイメージと、本来のその人間は別の存在であり、イメージを先行させて本来の彼、或いは彼女を歪める事は出来ない、だとか

外殻も中身も、その全てひっくるめての自分であり、自分自身は仮想の世界に生きているのではなくて紛れもなく現実に生きているのだ、だとか


こういうすり合わせをする様な自分もいる、のを感じる。



特に異常だとは自分ではおもっていない。
若干不自然な様な気はするけれど。

もし精神科医が、このままでは妄想がどうにかなって、いずれは大変なことになるからすぐに治せなんて言ったら俺はとても悲しくなる。

だって

今在るすべての繋がりもいずれは必ず終わるというのはわかりきっている事。
終わり方は精神的な死か、肉体的な死か、どちらかはわからないけれど、必ず終わりは来る。

ただ、自分との繋がりは少し違う。

自分との繋がりでさえもいずれは終わってしまうものに変わりはないけれど、一緒に終わってくれるというのが大きく違う。
この先俺がどれだけ生きられるかはわからないけれど、あてどない人生を少しでも寂しくないものにする為には、いまの自分で在り続けたい。

成長とかそういうものを拒むのではなくて、核のようなものを出来る限り変えずにいたい。

少なくとも今の自分であるなら、部屋を創ることは出来るからだ。
変わってしまったらそれが出来なくなるかもしれない。


だから俺は日常の普遍性の高いものに無理やり意識を移して、強引にでも自分を固定しようとしているのだとおもう。



こうして自分自身の心の動作を緻密に見ていくと色々な事がわかる。
あえて日記と言う形に残すのは、文章にすれば形のないものも形になるし、何より、自分はこう在ろう、と宣言をする為だ。

神頼みと一緒だとおもう。

あれは神に何かを御願いするのではなくて、神の前で自分はこれこれこういう事をすると宣言をして、妥協を許さないという暗示を自分に与える為だと俺は解釈している。

詰まるところ、俺がこういう風に残すのもその神頼みと一緒だ。形にし、それを宣言し、妥協を許さない為。


そしてこういった一連の作業によりわかった事がひとつ。
俺が彼らに対して好意を向けるのは、彼ら自身が好ましいからという理由のほかにも、あくまでそれは自分のためでもある、という理由があったのだと改めて理解した。

自分について納得がいく。
納得はとてもいいものだとおもう。
ストン、と何かが落ちる様な。

ストン、は佳い。
下卑た言い方をすれば射精みたいなものだ。
思考の、射精。


気づけばもう二時。夜も更けてきた。
そろそろ寝ないと。


おやすみなさい。