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金曜日の宙返り+コオロギ契約

2012年10月10日 01:25

彼女は朝早くに目が醒めた。いつもは目覚まし時計が起こしてくれる。でも今日は少し早く起きれた。気分が良い。秋の冷えを感じながら服を着替えた。
朝ご飯作らなきゃ。」

麻美は今年で30後半になる。まだまだスタイルも保てているし、気持ちの面でもおばさんにはなっていない。仕事も順調で時々企画をまかされたりする。
麻美には子供?がいる。まだ寝ている。いつもぐーたらしているダメ生物。多分昼まで起きないから、ほっておく。起こしてもジャマだし…。

「よっと♪」うまくソーセージが焼けた。ついでにホーレンソウも。味噌汁は昨日の残り。次は、卵。どう焼こうかしら?。炊飯器がピーピー鳴いた。

「よう。いつもより早いじゃんか。」うちのぐーたら君が起きてきた。
ぐーたら君は冷蔵庫を開けて、牛乳を飲み始めた。昨日、「麻美」が買って運んだものだ。ぐーたら君は基本的になにもしない。
ぐーたら君、30才、大卒無職。ダメな生き物。趣味パチンコ不器用

牛乳は口つけないで、コップ使ってよ。いつも言ってるでしょ。」麻美は事務的に言う。言ったくらいで直るタマのぐーたら君ではないのは熟知してますとも。

「うるせーな。かあちゃんかよ。」少し小声で反抗し、冷蔵庫をガタンと閉める。ぐーたら君はとても口が悪く、ちょっと乱暴な生き物だ。多分すぐふて寝をし始めるだろう。

「7時5分前」早くしなきゃ。今日は大事な会議がある。麻美はホーレンソウとソーセージを皿に盛りはじめた。卵、卵、はやく焼かなきゃ。目玉焼き?卵焼き?スクランブル

「ジュージュヮー」
後ろを向くと、ぐーたら君がフライパンを握っていた。
「今日は俺が卵焼いてやるよ。何が良い?フツーの目玉焼きか?」

「え…あ。」
やだぁ…何て言えばわからない。ちょっと不思議だった。少しドキドキしているかもしれない。年甲斐もなく…。
大学時代を思い出した。付き合い始めて2週間、誰とも連絡をとらず、研究室にも顔を出さず2人で朝から晩まで過ごした。よく私の方が朝遅くまで寝ていて…、年下の彼は朝食を作ってくれた。院生大学生だった。

「さっさと言えよ。じゃあターンオーバーな♪」
そう言うぐーたら君の大きな背中に頼り甲斐を感じてしまった。いとおしさが衝動的にこみ上げてきて、ぐーたら君の腰の辺りを後ろから抱きしめる。

大好きだよ。」久しぶりに言えた。背中に顔を埋める。
「バーカ。当たり前だろ。」ぐーたら君は照れを隠すのがとても下手。


ぽーんと目玉焼きが宙返りをした。



~~~~~~~~~~~~
僕はコオロギが嫌いだ。コオロギ嫌いという人種があったら、多分一番か二番目くらいにコオロギ嫌いだと思う。でも、もしかすると三番目くらいかもしれない。

コオロギは、陽の当たらない校舎の裏で、ひんやりとした空気に鳴き声を響かせている。それは夏が終わり冬の訪れを告げる前鐘のようなもので、地球の半分が冷えて弱っていくことを確定づける。死神や恐ろしい予言のように、不気味さを感じる。暖かくて人や生き物が死ぬことはない。水不足とか病原菌とかで死ぬことはあるかもしれないが、総じて生き物は元気に生きている。もしかしたら、偉い学者さんは僕の意見をバッサリ切り捨てるかもしれない。
「それは事実に反する。」と言われるかもしれない。
でもやっぱり僕は、生き物は太陽の子どもたちで、寒いのは生き物に良くないと思っている。これは僕の宗教かもしれない。

でも時々疑問に思う。
コオロギも生き物だ。コオロギだって寒くなったら死んでしまう。冬にコオロギが鳴くのは見たことがない。だいたいにしてコオロギは夏の終わりから11月くらいまでしか存在しない。

ぼくは僕の中に、決定的な矛盾を見つける。僕の乾いた心は、ひび割れ始める。
「それ以上考えてはいけない。」

コオロギは皆に冬の訪れを告げている」だけなのではないか?。
コオロギだって寒いのはイヤ」なのではないか?。
僕が外見や音が気に食わないから、一方的に「コオロギ」を否定しているだけじゃないか?。

ぼくは僕に提案する。
「年末までコオロギのことは考えないようにしよう。」
僕は同意のサインをする。
ぼくの誰かとの交渉は成立した。
僕はそうやって「年末まで」生きる権利を手に入れたきた。

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