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星座ストーリー_080601

2008年06月01日 23:35

星座ストーリー_080601

望遠鏡のセッティングを半ば終えてタバコに火を付け全天を見渡してみた。雲はなく透明度もいい……今夜は肉眼でも5等星まで確認できるだろう。

西というよりは北西の山の上にま夕陽がある

日没までもう少し……水準器を使って正確に水平をとったのであとは北極星を待つだけだ

それまでは望遠鏡を外気温に慣らしておく


標高300メートル足らずの山は山頂まで車で上れるが電波塔があるだけなのでめったに人は来ないし、電波塔の周囲約20メートル四方が整地してあるので都合がいい。そこからの展望は私の住む小さな町の殆どを見ることが出来る。

斜面エッジの岩に腰を下ろし ステンレスボトルからダブルレイヤーのマグカップにコーヒーを注いでゆっくり味わいながらここより少し早く夕闇迫る町から地平線までをゆっくりと眺めてみる

こういう時のコーヒーインスタントでもいい……熱いコーヒーであればいい。熱いコーヒーを一口味わうだけで気分も景色も沈静化され透明度が増していくのが実感できる。

こういう瞬間がいい……山へ来たこと、望遠鏡をセッティングするのは舞台づくりに過ぎない……すべての小道具の配置を終え、役者が登場するまでの間……期待と想像と結果に思いを巡らせながらコーヒーを楽しみタバコを楽しむ……このひとときがいい。


初めてここから景色を眺めたのはもう20年ほど前のことか……遠い記憶の風景は風化されながらも消えることなく古びた残像を留めている。

――脳は膨大な蔵書を有する図書館ハードディスクのようなもの、過去のすべてを記憶していて人が忘れるのは本のタイトルだけで内容は記憶している。切掛け……何らかの刺激……があれば検索し取り出して読める。逆に忘れたいことがあるならそのタイトルだけを消去すればいいのか。

人はいつからか忘れる作業の方が多くなるのかも知れない。
もちろん限られた容量の脳にそれを超える記憶を保存することは不可能だが実際にはもっともっと少ない量を消費した時点でオーバーヒートしてしまうのかも……その回避策として忘れる作業に移行していくのか。

できるだけ遠くを眺めるようにゆっくりと視線を移していった

町を分割する大きな河は残照を映しゆったりとした蛇行は少しも変わっていない……小さく連なる山々のアウトラインも変わっていない。他者の関与がなければ自然はゆっくりとしか変化を起こさない。

橋のたもとで交差する幹線道路ではヘッドライトテールライトが行き交い同じ光景を繰り返している。運転者はそれぞれ違うのに集合すると個性はなくなり予想どおりの流れとなって日々同じ運動を繰り返す。社会の変化に人間工学統計学を持ち込み、定義づけし客観視する社会から離れてみたいと考え一歩下がった生活を求めてみたが、より高みから眺めている何者かにとっては所詮俺も同じか?

そんなことを考えだしたとき 考えることを止めた……どんな結論を出したところで結局は俺が納得するかどうかの問題で、すべては自分自身が決めることであり、答えの妥当性など無意味なことだ……それよりも今はコーヒー日没を楽しもう。

脈絡のない断片ばかりを思い浮かべることもまた楽しい



夏至をひかえた太陽がようやく沈み天頂付近に一等星から少しずつ星が見えてきた。望遠鏡の最後のセッティングをすることにする。
赤道儀の極軸を正確に北極に合わせる作業がまだ残っている。


望遠鏡口径160㎜、F6の反射赤道儀……小型だがお気に入りの名機だ

今夜は主に20倍の低倍率で散開星団球状星団を楽しむ

プレアデス……ヒアデス……ペルセウス二重星団……



その前に日没直後の西の地平近くを双眼鏡でざっと流してみることにした。まさかとは思うが突然の新彗星が現れる可能性はゼロではないので半ば習慣化している作業だ。


まだ残照と紺色の残る空を背景に四駆のシルエットがある

双眼鏡をとりに車に戻ると彼女助手席のドアを開け放ち両足をステップにかけ、肘をドアで固定したポーズで双眼鏡を覗いていた。素足にスニーカーショートパンツ胸元が大きく開いた襟付きのニット……大胆に座っていても女性のラインは魅力的だ。


   “宵の明星って金星のことでしょ……どこにあるの?”

彼女双眼鏡から目を離すことなくそう言った

俺はそれには答えずカメラ三脚を取り出すと手早くセットし1秒から5秒の露出彼女を撮った。わずかな残照に照らされた彼女黄昏を背景にシルエットを作っているはずだ。露出彼女は呼吸すら止めているはずだからブレはないだろう……そういったことを彼女は心得ている。


「終わったよ。……今 金星は出てないし……当分無理かな」


   “金星って三日月形に見えるんでしょ……見てみたいわ”

「いつも三日月形に見えるんじゃなくて太陽・金星地球との相対的な位置関係によって月のように満ち欠けして見えるから……ただ満月のようには見えないけどね。その時は太陽の向こう側に金星があるときだから……だから地球からは見えない……」


   “もし見えたら『満金星……マンキン』って言うの?”


「言・わ・な・い」


彼女双眼鏡を眼に当てたままクスクスと小さく笑っていた。

   “朝まで頑張れば見られるの?”

「それでもダメ、時期的な問題だから……今ごろ金星は太陽と同じ方向にあるから……だから見えない」


   “そうなの、じゃあいつ頃なら見られるの?”


俺は少し考えてから


「2ヶ月後に夜明けのコーヒーを飲むつもりなら見られるよ」


彼女は一寸考えて納得し、でもまだ不思議そうな顔で微笑みながら頷いた


俺は座ったままの彼女の開いた膝の間に身体を入れて双眼鏡を取り上げ少し前屈みの彼女を抱き寄せキスをしたまま車から下ろしそのまま長く濃厚なキスを続けた。


   “ここで……ここで抱いて欲しい”


「……星が見えなくなったら抱いてあげる」


   “私には見えない”

俺は彼女の喉に唇を這わせてゆっくりと上を向かせ“そのまま”と囁いてカメラに戻りシャッターレリーズを押した


恍惚ビーナスが星空を仰いでいるはずだ

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