【SS】ゼロから始めるカウントダウン

今日は彼氏の正志とデート。


「引っ越すことんなった」


その宣言は、あまりに唐突で。

突然すぎる宣告に
私の心は追いつかない。


「…別れようぜ、俺達」


いつか、
いつかこの日が来る気がしていた。
すぐかずっと先かわからない、
でも私たちが終わるときは
君から切り出したときになるのは
何故だか予想がついていた。

結構長く持った、かな。
でも、思っていたよりずっと、急だった。


「俺、遠距離恋愛って…できる気がしなくて」

「うん…」

「お前と離れんのは、そりゃ、キツイけど…」


言葉に詰まって、正志は頭を掻いた。


「ヤじゃん。離れてるうちに自然消滅とか、別れる機会もないままお互い
　別のやつと付き合ってる同然になってるー、とか」


そうだね。


「それは、ヤだね…」

搾り出したような、声。


そんなの、ヤだよ。
イヤに決まってるよ。

でも、そうか。
離れても愛しつづけるって答えは、
君の選択肢からは見つけられないんだね。


「俺、お前が好きじゃなくなったとかじゃないし…」

「わかる」


ちょっと声、大きくなった。

怒ってるような、
もうこれ以上は聞きたくないっていう。


「とりあえず、今日は楽しもうぜ」

手を引かれて、歩き出す。


なんて最悪なデートの始まり。

そう思って待ち合わせ場所から動き出したけど。


――優しい君。

歩くときは決まって車道側とか。
ドアの前で駆け足になって開けて待っててくれるとか。
ドジを踏む私を見て
柔らかく微笑んだ視線とか。


――無邪気な君。

UFOキャッチャー失敗して本気で嘆くとか。
映画終わったとき涙目なの
わざとらしいあくびでごまかすとか。
道端で動物見ると駆け寄ってくとか。


――背の高い君。

エスカレーターで同じくらい、
どちらかというと私の方が高くなる目線とか。
ぎゅっと抱きしめられた時に
頭の上に乗せられる顎とか。
キスするときの背伸びとか。


――少し強引な君。

ご飯何食べよっかってふると
自分の気分で即決してぐんぐん歩き出しちゃうとか。
終電やばいんだけどっていうと
なくなったら泊まってけよなんていうとか。
思い起こせば、私たちの付き合い始めとか。


……ああ。
これ、全部なくなってしまうのか。

良かった。
心の端の塊はなくならないけど、
お陰でずっと、君の姿を見ていることができた。

これが最後なんだっていう
一つ一つの場所、行動、仕種を
大切にすることができた。


「…正志」

「ん？」


少し掠れた、声。


「私、今日のことは一生忘れない」


正志は優しく笑った。
どこか、憂いを隠した笑顔。

離れて暫くは、お互いがお互いを思うだろう。
私は暫く、君を想いつづけるだろう。

今日の思い出は、その時の糧にしよう。


離れても続ける自信は持てなくとも、
今ここで、傍にいて、
愛し合っていた確かな感覚だけは、
いつになっても紛れも無い事実なのだから。