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Moment No.27

2017年11月05日 10:43

Moment   No.27

…美穂side…



仕事はいい。
嫌な事、辛い事、悲しい事忘れて集中出来る。
私は夢中で店を掃除していた。

「美穂、張り切ってるわね」

お客様を気持ち良く迎えたいじゃない」

知世は些か不思議そうに私を見ていた。


誠さんに別れを告げ、心機一転心を入れ替え、進とちゃんと向き合うつもりだ。
とはいえ、誠さんの店にはどうしてもお祝いしたくて花を送った。

気づかれないよう店の名前で送ったんだけど、大丈夫かしら…?



カシャンと店の扉が開いた。


「いらっしゃいま…」


そこには険しい顔の誠さんがいた。


「ちょっと、」


いきなり私の腕を掴み、強引に店から連れ出した。


「誠さん…」


仕事中申し訳ない。 だけど、花くれたよね?」


「分かっちゃった?」


「あたりまえだよ。ありがとう」


「どういたしまして。無事開店おめでとう」


「ありがとう。…というかそれで来たんじゃない」


誠さんはさっきよりも険しい顔付きで怖かった。


「ちゃんと話そうよ」


「ごめんなさい、勝手に…気持ちがブレるの嫌だったの」


「それでも、話し合うべきだ。僕達はそんな簡単な仲じゃないだろ?逃げないでよ」


私は泣き出しそうになった。
もしも赦されるなら、誠さんの胸に飛び込んでしがみつきたい。
だって私の気持ちは一ミクロンだって変わってない。


目の前に愛してる人がいて、私を真っ直ぐ見てくれているのに、素直に飛び込めない程苦しいものはない。


溢れる想いに蓋をしていたのに…

胸が苦しくなって、気がつくと私の頬はやっぱり濡れていた。


「今夜7時、あのJAZZの喫茶店で待ってるから。
美穂さんが来てくれるまで待ってる。話そう。
ちゃんと話さなきゃ…何も変わらない」


少し寂しげな誠さんの表情が、もっと私を苦しくさせた。


誠さんは…
どんな答えを出すのか不安になった。
自分からさようならと言ったくせに、優柔不断な心に腹が立つ。


仕事中に邪魔してゴメン。僕も仕事中だから、また後で」


私の返事も聞かず、誠さんは乗ってきた自転車に跨り去って行った。
誠さんの背中が出逢った時より大人びて見えた。


話さなきゃ…


逃げないで、お別れしなきゃ…





…誠side…


無事、スーパー初日が終わり、新装開店パーティーは始まっている。
だけど僕は今、美穂さんと最後になるかもしれないこの喫茶店で、ジャズを耳にじっと彼女を待っている。

美穂さんからの別れのメールから一週間
僕は僕なりに考えた。

僕は美穂さんを、美穂さんは僕を…


愛してる。


愛し合っている。


僕が愛すれば愛すほど美穂さんを苦しめているのも分かっている。
美穂さんが遠慮がちに僕を求めないのも、僕を想っての事だ。

きっと泣きたい程会いたいと思う夜もあっただろう。


先に進みたいと心が叫んだ時もあっただろう。
僕だって同じ気持ちだから。

だけど彼女は一度だって愚痴ワガママを言わなかった。

きっと強い女性なんだと思う。
ただひたむきに愛してくれた。

癒してくれた。
僕に自信を与えてくれた。


僕が勇気を出して転職出来たのだって美穂さんが居てくれたからだ。


僕はまだまだあなたを愛したい。


愛させて欲しい。



だけど…





美穂さんはご主人を選んだんだ。
それを引き留める程の自分にも、また僕もなれない。
僕にも家族がいるから。

雪と健太を養わなければならない。

雪をもう愛してはいないが、健太には罪はない。
やっぱり責任は取るべき…

捨てる程身勝手な事は出来ないんだ。


愛してる。


だからこそ、美穂さんの望み通り、美穂さんの気持ちをくまなくては。

愛とは自分を犠牲にしでも、自分を押し殺しても、人を思い遣る心だ。
だけど、もう一度だけ話したい。

美穂さんの気持ち聞きたいんだ。


僕の目を見て愛してると
一度だけでも愛を言葉で交わせたら

僕はもうそれだけで残りの人生をやっていけそうな気がする。




マスターが渋いナンバーの曲を掛けた。
トランペットが切なく胸に響く。
先に頼んだ特製ブレンドが、目の前に置かれた。

マスターは、ただ黙って目を細めた。
全てを分かっていると言わんばかりに…





…美穂side…


少し前に到着し、今目の前には愛しい誠さんがいる。
彼は出会った頃と変わらない爽やかな青年だが、ずっと大きく感じ、自信に満ち溢れた頼り甲斐のある大人に見えた。

そして少し漂う哀愁も魅力的だ。
私はこんな素敵な人を手放さなければならないなんて、とても惜しい。

また気持ちがぐらつきそうだ。
目の前に置かれた、特製ブレンドの香りが漂い、二人の空気を余計切なくさせた。


「美穂さんの気持ちは分かったよ。
ご主人大変な時にこんな関係続けていられないって事だよね」


私はコクリと頷いた。


「誰も何も傷つかない、壊れないうちに終わりにしなきゃ。誠さんには息子さんだっているんだから」


誠さんは黙ってコーヒーを一口飲んだ。
少しの沈黙が私に暗雲を広げた。


「…分かった…終わりにしよう」


思ったよりハッキリとした口調だった。

短い終止符を打たれ、私は泣き出しそうな気持ちを隠そうと精一杯の強がり笑顔で返した。


「楽しかった」


「僕もだ、ありがとう」


「こちらこそ、ありがとう」


何故か二人で笑ってた。


作り笑顔と分かっていながら笑っていた。



…誠side…


店を一緒に出た。
マスターの無表情さが余計哀しかった。
きっと幾度となく、こんなカップル見てきているんだろう。

後味のない特製ブレンドはマスターからの心遣いにも感じた。


渋谷駅までトボトボと二人で歩いた。


いつになく微妙な距離感だ。
ここの夜は賑やかだ。
笑い声、呼び込みの声、ネオンの眩しさ、全てがうざったく感じた。

僕はまだ最後の願いを聞いていなかった。


人混みの中、駅前で美穂さんは立ち止まった。


「じゃあ、誠さんお元気で…」


美穂さんは寂しく笑った。


「待って」


僕は思わず美穂さんの手を取り握りしめた。


「最後にひとつだけ、一回だけ、美穂さんの気持ち聞かせてくれないか?僕への想いを…」


美穂さんは少し困惑な表情をした。
別れるのにあたりまえか。
それでも聞きたいんだ。


最後だからこそ。


「僕は美穂さんを愛してる。たとえあなたと同じ人生を歩けなくても、あなたがこの世にいる限り愛してる」


思わず握っていた手に力がこもった。
美穂さんは更に強く握ってくれた。


「誠さん、私もあなたを愛してる。たとえ離れていても心はいつもあなたの傍にいるわ」


僕はようやく作り笑顔ではなく心から笑みが漏れた。


美穂さんもちゃんと…


ちゃんと笑顔だった。


満足だ…





お互い同時に手を離した。


さよならは言えなかった。


だって人生なんてまだ長いから。


また逢えるかもしれない。
密かな望みが僕に別れの言葉を遮った。

美穂さんは踵を返し、駅の中へ消えて行った。


人混みの中、グレーのコートの後ろ姿は直ぐに見えなくなってしまった。




それでも僕は暫く消えゆく彼女残像を見送っていた。
街は僕達とは裏腹に、もうすぐ迎えるバレンタインデーハートが溢れていた。









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