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コドモ魔女裁判

2019年03月16日 23:59

人のログを見て、自分の幼稚な側面を知ることがある。
大抵、その人のオトナ…というか辛辣な側面を見た時だ。
辛辣に批判する相手の至らなさが、自分にもよく当てはまるときに、
自分のコドモさ、甘さに思い至る
ログだけじゃない。最近は日々そうじゃないか。

誰だってどこからがオトナかなんてなく、経験を重ねて徐々にそうなっていくんだ、とか
むしろすれて老獪になって自分をどんどん嫌いになるよりマシだとか
そういう風に思う事もあるし、男だって辛いことがあれば
気を許せる人に甘えたくもなる。

ただ、そういう時に対人関係の揺さぶりがあると、内心とても不安だ。
助力不要でも逐一話しておかないと「もっと頼って欲しい」「信頼されていない」という
頼ったり甘えたりすれば「考えがコドモだ、世間知らずの甘ったれだ」

ぶん殴ってやりたい甘ったれな上司に好き放題言われるとき
自分勝手な家族に仕事の領域に土足で踏み込まれるとき
あーもう黙っててくれ、どうせそれは一時の感情に任せた物言いなことに気づいてないでしょう?
かなぐり捨てた先により良い結末があるようにも見えないから適当に対応してるけど
結局自分の見えないところではやはりみんなどこかしらコドモの面があるのだ

であれば、「コドモじみている」と言うのは一体何なのだろう。
多分、言い表せない都合の良い「普通のオトナ」と言うのがぼんやりとあって
誰かの気分に合わせて給湯室会議の議題になり、酒の肴になり、
これまた都合の良い「教訓」が各自持ち帰られるのだろう。
そこに本人の改善の余地はなく、その機会もない。
なんと楽しい魔女裁判なのだろうか

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