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もしも大政奉還が無ければ・・

2018年06月14日 03:11

歴史にIFは無い と言われるが敢えて書く

もしも 明治維新がなければ 江戸幕府存続となるのだが

そうなると、私は、16代目当主となる

実家には、家系図が残されてはいるのだが
なぜか それ以前が不明

初代が生きた時代、逆算すると関ヶ原の合戦を経験していることになる

では、その関が原で名を挙げ武士になったのか? と言えば
そうではなさそう

名字がそれを物語る

この名字が多いのは京都なのだが
初代が没した場所は仙台なのです
勿論、とある役職を任されての滞在だったことは明白

ならば何故、京都から東北なのか?
仙台なので伊達藩のお抱えであったと推測できる

そして関ヶ原の合戦が重要な手がかりとなる

なぜ、この時期に京都から仙台へ出向いたのか?
そして、初代の前の履歴が無いのではなく消された と考えるほうが自然なのです
何故なら、伊達藩でいきなり重鎮になれるハズがないから。
なんらかの役目を持って この時期に伊達藩入りしている

京都といえば、朝廷の住む所
織田信長は天下取りのために朝廷さえ無きものにしようとした
本能寺の変で消息を絶ち、豊臣秀吉が跡を継ぐ形になった
そして関ヶ原の合戦で豊臣方が破れた

つまり、朝廷にとっては、織田信長以降心許す存在ではなく
反旗を翻す存在であり、朝廷にとっては無くなって欲しい存在と想像できる

豊臣を潰すために朝廷が仕掛けた戦い それが関が原なのでは?
そう考えた場合、朝廷にとって、豊臣方に知られては困る内容だと思える
その一端として、初代が伊達藩へ使者として赴く
それも隠密行動として、過去の一切を抹消した上で。
つまりは、関が原を予見し、朝廷伊達藩へ差し向けたのが
初代だと思えるフシがある
先代郊外にある とある街
街の作りは京都同様に碁盤の目になっている
ここに城を構え、伊達家から重要拠点と指定されていた記録さえある
この街に私設博物館があるのだが、そこに寄贈されたもの
なんと歴代先祖の武具、刀、槍、書物が展示されている
その数は膨大であり、一介の武士にしては多すぎる

中学1年のときに、この博物館へ行き見学したのだが
その1つ1つに何か・・・(思い出のような)を感じ、
また恐ろしささえ感じた

人が人と戦った時代
それも刀と刀を交えるという接近戦であり
気を抜けば、一瞬のスキを与えれば 己が命を断つことに通じる時代
この時代に必死に生きなくて何が出来よう

そこには君主との繋がりや絆があるのかも知れないが
命がけで何を守ろうとしたのか

いま わたしたちが生きる時代で 命がけで守ることとは何だろうか?

それを知るために 表に書いた天正10年へ行ってみたい

私は時代が変わっても、16代目当主という名目は変わらない

武家の血が騒ぐのかも知れないが、何かをこの手で やりとげたい

男である以上 何かを残したい

時が戦国の世ならば、私の年齢は戦に明け暮れる年齢だとも思う

天正10年 織田信長43歳 明智光秀62歳

何かを知るために この時代へ飛びたい

何かを見つけたい そう願っても 答えが出るのは いつだろう

城 それは私が求める戦場のオアシスなのかもしれない

城主になって天守閣から城下を眺める

そこに住む人の幸せを願って


ワイルドだよなぁ(笑

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