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代償No.6

2018年04月04日 10:45

代償No.6




ある日、バスルームのドアが突然開け放たれた。

まだ何も着ていなかった私は、夫と向き合い目が合ってしまう。

次の瞬間あわてて夫に背を向け、躰を両手で隠したが…


床の上では美奈がパジャマを着て無邪気にキャッキャと笑っていた。


「お前色気づいて、何か勘違いしてないか?

今更どうあがこうが、所詮曲がり角を何度も曲がったあばずれのくせに…」

風呂上りに、肌の手入れをしている私をわざわざバスルームまで来て

嘲笑い、それだけ言うとドアを閉めていった。

たったそれだけのことが…

それまで色々なことを積み重ねられた私にとっては許せなかった。


その時、夫に対する気持ちが一気に冷めきった。

それまでの違和感がすべて繋がる。

それでもこの人は娘たちの父親…

せめて親同士としてだけでもどうにかならないのだろうか?

私は祈るような気持ちだった。


その時向けられたの蔑むような瞳。

それがその後、凶暴な炎を宿す瞳に変わり、時に殴るようになる…

そして、ある日帰って来なくなった。


殴られる痛み以上に、いつ殴られるのかということに

怯えなければいけない時間が心底怖かった。

もしかしたら私の父も母を殴っていたのだろうか?

恐ろしくてそんなこと聞けないけど…

聞けないけど…

たぶんそれが父を追い出した理由だろうと思った。


夫が出て行ってからしばらくは安堵する日々を送っていたが、

それも数か月が過ぎる頃、まずは一人で娘達を育てることを覚悟した。

もう帰って来なくてもいい。

あんな夫いらないと、殴られながらそう思っていたから…


それなのに…

夫はしばらく消えていただけで、家に舞い戻ってきてしまった…

そして、それは月に一度週末のことで、数回続いた…



いつ来るかわからない悪魔に、怯えながら暮らす週末。

その週末来たら、翌月までは来なかったから、

油断してはいけないと思いながらも、少しだけほっとしていた。

でも月を跨ぐと緊張感がいやがおうにも高まる…


ただ、帰って来なくなった時よりも、この時期ははるかに辛かった。

もしかして子ども達にその矛先が行くかもしれないことも、

私が暴力を受ける姿を子どもに見せなければならないことも、

嫌だった。


自分だけならまだしも、守るべきものがあるというのは

人生の支えであると同時に、重荷にもなる。

それでも、私はこの娘達を捨てる事なんてできない。

結婚当初は専業主婦だった母ですら頑張って育ててくれた。

私が娘達を放棄してしまったら、彼女達はどうやって生きていくのだろう?

この娘達は何を信じて生きていけばいいのだろうか?

せめて、せめて私だけでもこの娘達の親であろう。

母が私達姉妹にとってそうであったように…



そんな、本当に最悪の気分で毎日を何とか生き、何とか働いているとき…

あの人は突然転勤してきた。


いつもの異動。いつのも新しい上司

うちの会社では別に珍しいことではないはずだった。

私にはそんなに大きな影響のある事ではないはずだったのに…



仕事はできる。仕事上の人間関係もそつなくこなしていた。

でも纏う空気には陰があり、危険な雰囲気を醸し出す上司だった。

関わらない方がいい…

もう男はたくさん。


それなのに、あの人の扱う仕事は規模が大きく…

フォローに入るのがよりによって私になった。

仕事を一緒にしてみると、その事実が重荷になる以上に勉強になって…

お互いが仕事上では最も相性のいい相棒になった。


でも所詮それだけの関係。

それ以上はまずい…

そう思いながらも、視線がどうしてもあの人を追う。

あの人がなぜか…

どうしても気になってしまう。


私はあんな夫でも結婚している人妻なのにどうして?

もう…

もう…

男なんていいじゃないの?


時にそう自問自答することもあったが、家に仕事に…

そして、離婚の手続きを始めてからは

そんなことを考える余裕すらなくなっていった。


そして、離婚が成立した時、考えずに押し込めておいた

気持ちが一気に解放される。

あの人が欲しい。女としてあの人に抱かれたい。


私はその夜、意を決して会社の飲み会の後、

いつものようにあの人と同じタクシーに乗った。

そして、タクシーを降りたあの人を…

追う。

その夜しかチャンスがなくって…

もうこれ以上待つ自信もなかった。


「「「「「かんぱーい!!」」」」」

男たちはその夜もご機嫌だった。彼等にとっては、月に一度のお楽しみ。

普段真面目に仕事をしている者も、それなりの者も、

酒が好きな人間はこの時ばかりとただはしゃぎ酒に呑まれる。

でも私には仕事の一環で、飲むことはあっても

飲まれるわけにはいかなかった…

お酒の席でも、この課で女一人の私はいつも入り口近くの末席で

何かと気を使わなければならなかったから…


だからできる限り娘達を1泊で実家の母に預け

この飲み会に参加することにしていた。

それでもそれなりにこの飲み会を楽しむことにしていた。


ただ…

今夜の飲み会拷問だった。

朝から高揚した気持ちが鎮まることはなく…

少しの酒で高ぶってしまう。

普段あまり飲まない私が、今夜はいつもの倍以上のアルコール

躰の中に流し込んだ。

「相良さん、今日はやけにノリがいいねぇ~。しっかり付き合ってよ~」

同僚に声をかけられ、私は微笑みながら目の前の酎ハイを煽った。


バクバクという破れんばかりの心臓の鼓動を、

全部このアルコールのせいにしたかったから…


このままつぶれてしまえばいいのに…

このまま意識がなくなってしまえば、

あんな馬鹿な事なんてしようとは思わないだろうから…


私はいつもよりずいぶん酔いが回ってしまったが、

最後の所でお酒に呑まれてしまうことはなかった。

これだけアルコールを摂っても、自分の気持ちは揺らがなかったし、

誤魔化せもしなかった。


あの人が好き。

この気持ちは、危険なのかもしれない…

不毛なのかもしれない…

でも、やっぱりあの人のことが好きだ。


私は上座にいるあの人に視線を向ける…

静かに一人手酌で飲んでいる。

その姿は、やはり怪しい男の色気を醸し出していた…

来る者は拒まず、でも媚びることもしない。

あの人は不思議な人だ…

絶対に危ないとわかっているのに、それでも魅かれるのは

ぬかるみに足を取られてもがく様に…

気持ちが止められなかった。

見つめ続けていると、一瞬こちらに視線が向けられ、目が合ってしまう。

その瞳の色に、私は息を呑んだ…


今絡まっている、何もかもをかなぐり捨てて、

ただの女に戻って、一度でいいからあの人に抱かれてしまいたい。


娘達がいる母親なのに、私自身が小娘みたいなことを思っているなんて…

本当に私はバカだ。



………




コンコンコンコン

私は指定された部屋のドアを恐る恐るノックした。

それからドアから一歩後ずさり…

それを待つ。

しばらくしてガチャっという音がして、

内側からコンコンコンコンコンと5回ノック音がする。

それがあの人との約束のサインだった。

周りに誰もいないことをきょろきょろして確認し、

一呼吸置いてドアノブを引く。


私は意を決して部屋に立ち入り、視線を上げると少し向こうに…

あの人らしき黒い影が立っていた。

決してお互いが一緒にいるところを見られないようにするため…

あの人が戸口で迎えることはないらしい。


アドレスを教えてもらったあの晩。

あの人からは、

ホテルの名前と部屋番号。

部屋のノックを4回して、5回ノックが返ってきたら

しばらくしてから部屋に入る。】

というシンプルな内容のメールがあった。

ホテルへの誘い…

おそらく泊まるのだろう。


ある程度の事は想定できるものの、あの人は私をどうしたいのか…

はっきりとはわからないまま、それでも私はそのメールに従った。


私には、もうあの人の手の内に入るしか欲しいものを得る方法がないから…

そのホテルは、職場から真反対の…

隣の市の駅近くにあるホテルだった。







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