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戦争はアヘンのためにやった、ギャハハ

2017年11月17日 14:21

岸信介(安倍晋三のお爺さん)が、
國を売り渡した売國奴だとバレてしまい、
それまで岸信介を支持してきていた愛國者に刺された時の写真

森氏より
ーーーーー
この時
捨てれば良かったのに。
捨てれば良かったのに。
捨てれば良かったんじゃいーーーー( ´Д`)y━・~~


A級戦犯でも生き残ったオトコ

そうです。簡単に言えば彼らがA級戦犯で生き残った理由は、

笹川良一 や岸が中国人家族を残虐し続け、そこで盗んだ金銀財宝を隠し持ち
戦後裁判の前にアメリカ軍に隠し場所を教えたからなのです。

そうして代わりに命乞いしたから ああして生きていられたわけです。

東条英機の処刑の翌日、東条と同じA級戦犯岸信介児玉誉士夫、笹川良一アメリカエージェントになることを条件に釈放された。

岸は、その後、瞬く間に戦犯から総理大臣となり、戦後の日本を支配し、アメリカの間接統治の基礎を作り上げ、その系統は、清和会として連綿と「売国政策」による日本支配を続けた。

しかし、岸の最大の犯罪は、なんといっても東条の関東軍、特務機関、日産鮎川達お仲間と一緒になって、自分達の中国の阿片利権のために、戦前の日本をコントロールし、日本を日中戦争の泥沼に引きずり込んだことだろう。

阿片の汚い金で、東条を総理大臣にまで押し上げ、中国の阿片利権を恣にし、敗戦が色濃くなると、商務相辞任という形で東条内閣を倒閣し、東条を切り捨てた。

岸達の私利私欲のために何百万人もの尊い人命が失われ、日本の国土は灰燼と帰した。

六十数年後、岸の孫である安倍晋三が称える「美しい国」、保守本流を自称する自民党清和会が掲げた「進歩する保守政党」・・・

国民が、真実の歴史を知り、アメリカ・政・財、官による真の日本の統治システムに気づくとき、清和会自民党空虚な「理想」の実態が暴かれていく。

◆「東条英機 阿片の闇満州の夢」から
内閣誕生のわずか5年前、2.26事件勃発時には、満州憲兵隊司令官にすぎなかった男が、なぜ戦時の絶大な権力を手に入れるに至ったのか。

共産主義の脅威、内乱勃発の危機、皇室の思惑、そして莫大な阿片の黒い金―。

戦時宰相東条英機」を生み出した背景と要因、その人間像を通して、日本敗戦へ至る道と昭和史の闇を暴く。」

(転載開始)
これは東条一個人というよりも陸軍全体の問題であり、中国大陸に広く展開する総勢百万の勢力を支えるには、国家予算ではとうてい追いつかず、現地の阿片収益に頼る部分が極めて大きかった・・・

実際、蒙疆方面で作戦を担当していた板垣と東条が、この阿片の取り扱いにも大きな役割を果たしていたことが、防衛研究所戦史室に残る『陸支機密大日記』『支受大日記』にも記されている・・・

阿片に関わっていたのは、関東軍だけではなかった。

当時の満州国政府の事実上のトップである、総務長官星野直樹と次長岸信介、その下にいた・・・古海忠之、さらに満鉄や満重(満州重工業)など、官と民が深く関わっていた事実は、いくつかの証言で明らかになっている。

(転載者注 古海の「忘れ得ぬ満洲国」によると)甘粕正彦岸信介、満重の鮎川義介たちは・・・毎日のように顔を合わせていた。

そこには岸の子飼いの椎名悦三郎、古海忠之、青木実、飯沢重一など、十人ほどのメンバーが集まっていたが、・・・「名前もない妙な会」が開かれるのが常だった。

会の中心的存在が岸と甘粕で、話題はいつもアジア政策だった。

上海の邦字新聞の乗っ取りや、日本での宣伝活動の仕方だったというが、つまるところは謀略であった。ここでも阿片は避けて通れない。・・・

(転載者注 元奉天特務機関にいた田中光一によれば)「満州全土に散っていた正規の特務機関員は約三千人ですが、一割は未帰還者です。

その多くは戦後も現地に残って情報収集活動を続けた、残置諜者です。」・・・

(阿片事情について)「・・・まず第一のタイプは、・・・現地人の組織から、満洲国政府専売局が買い上げるんです。

それを阿片煙膏に精製してから、法外な価格で、満州国内の阿片吸引所や愛飲者に売りつけることになるわけです。

第二のタイプは、インド周辺から阿片を輸入して、上海香港ルート中国国内や南方に売り捌く。

そして第三は、満州国関東軍とは別途、蒙疆地区から日本軍が買い上げ、これを占領地の中国人に売るタイプです。

・・・国際条約がある手前、満州国政府は表向きは阿片の売買も吸引も禁じていたので、当然値段は上がることになる。・・・

上海は阿片取引の一大市場だったが、総合商社でもあった満鉄を除いて、・・・三井物産やほかの日本の商社は阿片の販売に関与できなかった。

実際、社員たちの間で、「熱河の阿片は、満州国政府と関東軍の背後にいる甘粕機関が牛耳っているから、あそこの阿片に手を出したら命はない」と囁かれていたのである。・・・

関東軍の影にあって、それまで満州事変満州国建国に奔走していた甘粕正彦が、ほどなくして「満州闇社会帝王」として、その存在を垣間見せるようになっていたことは注目に値する。

闇社会が扱う最大の物品は阿片であり、この取引で得た莫大な上がりが彼らの財源であった。

その阿片は、関東軍満州国が押さえていた。しかも生産者との交換のための物資の調達や輸送は、関東軍御用達総合商社満鉄の仕事であった・・・

(転載者注 この満鉄、特務機関の残党が作り上げた会社が「電通」である。電通の闇は、満州の諜報活動の闇をそのまま引き継いでいる。押尾事件に見られる電通-政治-麻薬のつながりは戦前からの因縁があったわけだ。)

・・・日華事変が始まると、販売先が満州国内だけでなく、日本軍占領下の中国本土にも深く浸透していた事実である。

中国大陸駐在が長かった陸軍参謀の一人は、こう証言している。
「結果的に日華事変が長引いたのは、阿片が原因です。なにしろ、敵方に金を貢ながら戦争していたのですから。

さらに戦前上海三井物産支店にいた、元社員は、こう語る。

「岸はそのころから蒋介石と通じていたはずです。それは甘粕が国民党側に軍資金として、阿片の上がりの一部を提供していたからです。・・・」

・・・阿片の価格安定のために満州国の専売物品に指定したのは岸信介だが、直接最も深く関っていたのは、甘粕と里見甫であった。

わけても東条の腹心甘粕は、関東軍満州国、さらに阿片売買に携わる末端の組織の間にいくつか存在するダミー会社を取り仕切っていた。

これがのちに、東条が日本の中央で階段を上るにつれて、財政面を支えることになる。・・・

ダミー会社を置いたのは、フィルターを通すためだ。岸は総理時代にも政治資金の取り扱いには慎重で、「水は濾過して飲め」が口癖だった。

たとえ濁水であっても濾過すれば、清水になるという論法である。・・

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