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未開の地グンマー2

2017年09月10日 12:01

お代がスットコドッコイなんで、久しぶりのグンマー自慢(笑)

群馬県はかつての律令制における上野國とほぼ同じなのは知っての通りですが、上野國は太古の昔から交通の要衝であった為に、戦国時代には、上杉北条武田(真田)、織田、徳川が入り交じって争った場所でした。
昨年の真田丸を見てた人なら、上野國の名胡桃城が豊臣秀吉小田原攻めのきっかけになったのは知ってると思いますが、そのくらい要衝だったのです。
その為、幕藩体制の中で上野の國は多数の藩が林立しました。厩橋(前橋)、高崎安中伊勢崎館林、七日市、吉井、沼田など、この小さな地域に多くの藩が置かれたのは、纏めてしまうと力を持ちすぎてしまうとの判断からでした。

そして時代が明治から近代に入ると、廃藩置県により旧上野國は群馬県となり、快進撃が始まる。
幕末から日本の輸出の花形になったのは生糸だが、その中でも海外ブランドになったのが前橋生糸でした。これは、相模國の片田舎であった横浜が外国向けに開港されると、新しいもの好きの上野國の厩橋から、多数の商人横浜に移り住んだのです。なので前橋生糸は破格の扱いでブランドになりました。
その人気の高さから、富岡には国内初の官営富岡製糸場が作られ、富国強兵の富国の一翼を担うようになる。
その後、軍備を進めるにあたり問題になったのは弾薬の元になる火薬製造でした。
群馬関東平野の一番奥であるため、河川に恵まれており、当時唯一の動力であった水力が楽に使える環境の上に、高崎には東京鎮台直下の歩兵第15連隊があり防御が強いと言うことで、現在の群馬の森に陸軍岩鼻火薬製造所が建設され、国内初の国産火薬製造工場が作られ、富国強兵の強兵の一翼も担ぐようになる。
飛行機開発されると、太田には中島飛行機が出来た事で、群馬県富国強兵を地で行った県であることがわかる。

このウラログへのコメント

  • いつか☆ 2017年09月10日 14:34

    群馬なんだから

    自販機のこと
    書いて欲しかった

  • 佐倉幕臣王 2017年09月10日 15:54

    > いつか☆さん

    コメントありがとう♪
    じゃあ今度はアミューズメント系の自慢を書いてみますね!

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