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甘い香り⑨

2017年08月12日 00:31

甘い香り⑨

「今日、父とランチをしたの。アシルが日本に来ているんじゃない……。貴方、何も言ってくれなかったから驚いたわ」

アシルとは、先日傘下に収めた老舗のフレンチレストランシェフだ。
その味を理沙子が以前からいたく気に入っていることをつい失念していたのだ。

買収した店というのは結城にとって職場も同様のため、妻ではない優雨を気軽に同伴することはできない。
しかし、いつかぜひ連れて行ってやりたいものだ……などと考えていた自分を思い出し、結城は心の中で苦笑した。

妻のお気に入りであることは忘れていたというのに。

仕事柄、結城外食をすることが多く、帰りも遅い。

セックス以外の夜更かしは美容に悪いからしない』というポリシーのもと先に休んでいることが多い理沙子だったが、今日は珍しく起きて帰りを待っていた。

いつから飲んでいたのだろうか。
テーブルの上には栓の空いたワインボトルが並んでいて、さすがの理沙子も珍しく酔っているようだった。

「……ああ、そう言えば理沙子は彼の料理が好きだったな。どうだった? 客の入りは」

そう言いながら結城が口にしたのは、自分が持ち帰って来たビンテージワインだ。
個人的にワインが好きなのも事実だが、仕事のために料理や店の雰囲気に合わせた味を探して研究することも多かった。

今夜もその目的で選んできたワインだったが……今の結城の頭には、これなら優雨の様な女性も飲みやすいかもしれないなという考えが浮かんでいた。

味わいは複雑だが、まろやかな余韻が心地よく口当たりがいい。
酒の弱い優雨もその味は少しづつ分かって来ていて、週末に優雨に新しい酒を勧めるのが結城の楽しみとなっていた。




「仕事じゃないもの。客の入りなんて見ていないわ」

刺々しい理沙子の声に現実に引き戻される。
恐らく何か言いたいことがあって自分を待ち構えていたのだと……結城は改めて理沙子の言葉に耳を傾けた。

「父が褒めちぎっていたわよ。わざわざパリまで行かなくてもアシルの味が楽しめるようになるなんて……結城君のお陰だって。流石よねえ……貴方は何をしても、いつだって完璧

「……」

「一流の大学を出て、テニスだってゴルフだってその辺の人には負けない……それに料理もできるし、セックスも上手……美人な妻を前にしても欲情はしないけどね」

「そんなことはないだろう……」

勤めて面倒くさそうな感じを出さないように結城は答える。

勉強やスポーツ、そしてこと仕事に関しては、確かに今までに困ったことは無かった。
持って生まれた能力の高さ……それは両親からのギフトではあったが、しかしそれ以上に結城努力の人だった。

そして、二人がセックスレスになったことに関しては、どちらが悪いとは言えないだろう。

理沙子を抱かなくなってから数年が経つが、そんな結城の目から見ても理沙子は魅力的な女だと言える。

ただ、もう遅すぎる何かが……二人の間には漂っていた。

「何が? ああ、乗馬チェスだってプロ顔負けよねえ。それとも……セックスの方かしら?」

酒に強い理沙子だったが、今夜は酔った様子で結城にしなだれかかる。
大きくはないが形の良い乳房ネグリジェ越しに押し当てられると、フレグランスの良い香りが結城の鼻をくすぐった。

そして、理沙子の指先がスッと結城股間の部分に触れたが……その部分には全く変化がなかった。








二人の出会いは約三年前に遡る。

理沙子の父親は、主に外食産業ホテルなどの企業買収で以前から名の知れた人物だ。
そしてその世界に足を踏み入れてまだ数年という結城は、本来なら対等に渡り合えるような立場ではなかった。

しかし、外食産業などに加えて理沙子の父親が苦手としていたIT系の企業買収で強みを発揮し、結城財界の人間から一目を置かれる存在となっていた。

理沙子の父親も初めは相手にしていなかったが、幾度か顔を合わせるうちに、結城の度胸と物おじのしない態度をいたく気に入り、まるでゲームのように……けれど真剣な表情で、『一人娘の人生を君に託したい』と申し入れて来たのだ。

パーティーの席などで理沙子とは面識があり、美しい女性であることは知っていた。

あの女性であれば不都合は無いだろう……と、本気で人を愛したことが無く、また結婚女性に対する夢や理想の無かった結城はすぐに快諾した。
理沙子の父に恩を売ることは損ではなかったし、外見の美しい理沙子が仕事の邪魔になる筈もなかったからだ。

しかしそんな二人の夜の生活は一年ほどで破綻する。
もともと、お互いに相手を支配するセックスを好んだからだ。
そしてお互いに外で性のはけ口となる対象を見つけると、夫婦の心はどんどん離れて行った。

しかし、結城の隠された趣味を理沙子が知ってからは、体の関係は無くても夫婦関係は上手くいくようになった。
普通では考えられないことだが、スワッピング乱交パーティー、そして凌辱行為。
全てお互いの了承のもとに二人で参加した。

そしてそれらの味を理沙子はすぐに覚え、結城以上にのめり込んでいったのだ。





「ところで優雨とはどうなの? 調教は進んでる?」

理沙子は何事もなかったように体を離し、ワインに口をつけた。

「……最近は慣れてきたようだ。初めは緊張していたが」

「ふうん……でも自分が無さ過ぎてつまらない女よね」

優雨は確かに口数が少ない。
しかし優雨が賢く、そしてうちに熱いものを秘めた女性であることを、結城は知っていた。
それにとても優しい女性であることも……

そんな優雨に結城は自分でも不思議に思うほどに惹かれていた。

「いや、とても芯の強いところがある女性だよ。ご両親を早くに亡くしてかなり苦労もしたんだろう」

――だが、それは理沙子の好む回答ではなかったようだ。

「そうよねえ……私は家のことやお金のことで苦労したことがないから我慢ができない女だものねえ」

「……おいおい」

「そうだ、ねえ、また貸出し調教しない?」

一瞬返事に詰まる結城を見て、理沙子は唇についたワインペロリと舐めた。

「それかほら、いつかの夫婦みたいに公衆便所にしてやりましょうよ。楽しかったわよねえ。キャンプ場のトイレに縛り付けて……。良介もいい感じの犬に仕上がってきているから悦ぶと思うわ」

犬……
結城も予想していたことだが、理沙子はやはり良介を調教しているのだ。

優雨には理解できないだろうし、衝撃を受けるのだろうなと思ったが、だからと言ってどうすることもできない。
そもそもこの世界を理沙子に教えたのは結城なのだ。




「ほら、香里ちゃんのときなんて、近くに合宿に来ていたアメフト部に教えてあげたら朝までトイレの前に人だかりができていたじゃない。穴が足りなくて旦那の方まで……フフッ」

香里は、以前夫婦調教していた愛人のうちの一人だ。
彼女も若い頃は有名大学のミスキャンパスとしてメディアにも取り上げられたという美貌の持ち主だったが……倒錯した性癖を持っていた。

あの時、多目的トイレ便座に座らせ、手すりに足を固定した香里を何十人もの男に好きなように使わせた。

明け方に回収しに行ったときには文字通り公衆便所のようになっていて……その状態を見て自分は愉しんでいたのだ。

「……あんなことが愉しかったなんてどうかしていたよ。俺も若かったんだな」

いや、今でも相手によっては愉しめるかもしれない。
それが自分の嗜好なのだ。
しかし、優雨に対してそんなことをするなど考えられない。

汚してやりたいとは思うことはあるが、あくまでも自分の手で、だ。

「……なんて顔してるの? あれも貴方が考えたことよねえ? さすがだわ……貴方は本当に悪い人」

なんて顔とは……余裕がない顔でもしているのだろうか。

「そう絡むな。さあ、風呂に入って来るよ」

実際は何でもないような顔をして席を立つ結城理沙子は黙って見送った。




外で自由にセックスを楽しむ結城理沙子だったが、一つだけ暗黙の了解となっていることがあった。

――どんな行為も決して隠さないこと――

そして、本気で誰かを愛することも御法度だ……

だが、結城は自分がその禁を破ってしまっていることに気付いていた。

理沙子は気付いているのか……

最近、妙に絡んでくるのは気のせいではないだろう。
優雨に対する言葉も辛らつだ。

今までの自分ならばやり過ごすのは簡単なことだが、優雨が絡んでくるとなるとどうも思うようにいかない。

しかし、理沙子は嫉妬深い女では無いし、自分への愛も無いのだから、例えば優雨に危害を加えるようなことはないだろうと思う。

問題は、過去に自分主導でしてきた凌辱行為を優雨にはしないように上手くことを運ぶことだった。



企業買収の世界で、幾度も修羅場をくぐって来た結城にも読めないもの……
それは女の情念だった。

――いくら形が歪んでも、理沙子は結城を愛していたのだ。









この週末は、優雨が以前から気にしていた良介の会社の社員旅行の予定が入っていた。
良介の部署が準備を担当する、あの、毎年恒例の旅行だ。

良介と理沙子が会えないのだから、もしかすると自分も結城と会えないのではないか……と思っていた優雨だったが、こちらはいつも通りでいいと結城から聞かされ、週末が訪れるのを心待ちにしていた。

しかし……

「はい、申し訳ございません……はい。はい……大切な時に体調を崩してしまって、本当に主人も……。はい、はい……ありがとうございます。……それでは、失礼いたします」

優雨は良介の会社の上司に、病欠の連絡をさせられていた。

旅行当日の朝に、その準備を担当する部下が突然欠席するというのに、受話器の向こう側の良介の上司は思ったよりも寛大な態度で接してくれた。
いや、もしかすると呆れてしまっているだけなのかもしれないが……

「おい、どんな感じだった?」

受話器を置く優雨に、ダイニングテーブルで身を乗り出すように見ていた良介がすかさず声を掛ける。

子供が学校を休むのとは訳が違うし、そんなに気になるのなら自分で電話すればいいのに……と言いたくなるのを優雨は堪える。

それは、夫の言うことに異論を唱えても後々面倒くさいことになるだけだという、一種の諦めだった。

「……お大事にと言って下さっていたわ」

「そうかそうか……ほら見ろっ。やっぱりお前が電話して正解だったな。俺の思った通りだぜ」

突然体調を崩したという話は全くのでたらめだった。
最近仕事に全く身が入っていない良介……このままではいつかサボったりしてしまうのではという優雨の心配が現実となってしまったのだ。

しかも良介はその連絡を優雨に押し付け、その卑怯とも言える態度に優雨は改めて嫌気がさす思いだった。




「さてと。面倒な電話も終わったし、ほら行くぞ。理沙子さんがお待ちかねだ」

まるで自分が一仕事終えたかのように言って良介は玄関に向かう。

優雨はため息をつき、良介と自分の一泊分の衣類などをそれぞれ別々に詰めた二つのボストンバッグを持って後を追った。

ため息の理由は良介の仮病だけでは無い。
今から四人で一泊の温泉旅行に出かけることになってしまったのだ。

このことを良介から聞かされたのは昨日の晩で、四人でどのように過ごすのかも優雨は知らない。

結城に連絡をする暇もなく、この件についてどのように思っているのかも分からなかったが……数日前にメールした時はいつものようにこの部屋で週末を過ごす話をしていたから、恐らく結城にとっても突然の話だったのだろうと想像できた。

結城と二人での温泉旅行ならもちろん嬉しいに決まっている。
しかし、四人でとなると……

結城が一緒なのだから先日のようなことはもうないとは思うが、結城夫妻の前で無理やり夫に抱かれたことを思い出し、優雨はぬぐい切れない不安を感じていた。





地下の駐車場に下りると、濃紺の高級車のエンジンが静かに音を立て、その運転席には結城の姿が見えた。
どうやら結城の車で、結城の運転で行くらしい。

良介と優雨の姿を見ると、結城が運転席から出て、優雨の手にある二つのボストンバッグを受け取り、トランクに入れてくれる。

そして「助手席にどうぞ」という結城の言葉に、優雨の胸は小さく鳴った。

駐車場に停まっている結城の車はもちろん知っていたが、乗るのは初めてだ。

まるで初めてデートをする少女のようにドキドキしてしまう自分がおかしくて、そんな自分に頬を赤らめる優雨を……結城はまるで『心配ないよ』とでも言うように微笑みながら見つめてくれていた。

結城さんといれば、おかしなことなんて起きる筈がないわ……)

そう自分に言い聞かせ助手席側に向かう。
そしてドアを開けると……

一足先に後部座席に乗っていた良介と、理沙子が抱き合ってキスをしていた。

「あっ……」

一瞬ギョッとして、小さな声を漏らしてしまう。
しかし、理沙子はそんな優雨を横目で見るだけで、更に口付けを深くした。
良介の様子はよく分からない……

結城と自分がそうであるように、良介と理沙子も深い仲なのだからキスなんて当たり前のことなのだ……

胸の痛みなどはもう無かったが、こういう光景に慣れることなど自分にはとても出来そうもない……と思いながら、優雨は目を逸らして革張りのシートに沈み込んだ。





車は静かに走り出す。

何をしているのか、後部座席からは時折クチュクチュといやらしい音が聞こえて来たが……結城がカーステレオを弄ると、小気味よいジャズピアノの調べがそれを消し去ってくれた。

「突然のことで悪かったね」

結城もやはり昨晩になって初めて理沙子から旅行のことを聞かされたのだったが、理沙子をむやみに刺激したくない思いと、優雨を側から離さなければ特に問題は起きないだろうという考えから特に反対はしなかったのだ。

それに結城にとっても、優雨との初めての旅行は非常に魅力的なものだった。

「急なことで驚いたが……宿は私もよく知っているところで、内容は保証するよ。安心して……ゆっくり羽を伸ばすといい」

やはり結城は優雨の不安も感じ取ってくれていたらしい。
良介や理沙子の手前か、細かな説明は無かったが……こうして顔を合わせてみると、何も気になることはない。

「……はい、大丈夫です」

ただ結城を信じていればいいのだと改めて思い、優雨は窓の外の景色に目を移した。

遠くの山裾には白い梅の花が淡く浮かんでいるように見える。
春がもうすぐそこまで来ているのだ……

これから結城と過ごせる時間を思い、優雨は自然と温かな気持ちになっていた。
しかし……

「……良介さん、シートベルトを締めてもらえますか? ほら、あの辺りにも警察が立っているかもしれない……最近はうるさいですからね」




後部座席にもう意識が向いていなかった優雨は、結城の言葉にハッとした。

「ああんっ……」

気付けば、理沙子の喘ぐような声が大きくなっていた。
そしてバックミラーに思わず目をやると、良介の上にミニスカートを捲り上げた理沙子が今まさに座ろうとしているところだった。

いや、あれは座るのではなく……

「ほら、理沙子も」

心なしか厳しいトーンの結城の声が車内に響く。

信じられないことに、二人は今まさに後部座席でセックスしようとしていたのだ……

息を飲む優雨だったが、結城の言葉を受けて二人が身体を離すのが分かる。
もし目前でそんなことが始まってしまったら、きっといたたまれない気持ちになったに違いない。
優雨は結城に感謝した。

しかし、奔放な理沙子だったが、結城の言葉だけは効き目があるようだ。
常に、という訳にはいかないようだが……

少し間を置いて、打って変わった明るい調子で結城理沙子に問い掛けた。

「それはそうと、離れを取っているんだろう?」

「そうよ……二部屋押さえているからご心配なく」

シートベルトを締めた理沙子が、ゴソゴソと衣服を整えながら答える。

「それは楽しみだ。ねえ、良介さん」

理沙子の物言いは少し挑発的にも聞こえたが、結城には取り合うつもりはないようだ。

そこからは良介と理沙子中心に、今夜の宿がいかに素晴らしいかという話になっていった。






「二部屋って言ってもねえ、家が二つっていう感じなのよ。棟が分かれているの。長い廊下を渡ってね……離れは特に、少しぐらい悲鳴を上げたって隣には聞こえないんじゃないかしら」

悲鳴って……り、理沙子さん、やっぱり飯なんかも旨いのかな」

「当たり前じゃない。旬の……今だったら浅利もいいわねえ。あとまだ牡蠣も……ああ、良介は嫌いなんだっけ? でも今日は残したら承知しないわよ」

……二人の話を聞いていて、優雨は驚いたことがいくつかあった。

ひとつは、しばらく見ないうちに理沙子と良介の間に上下関係がはっきりと出来ていることだ。
家では威張り散らす良介だったが、理沙子にはまるで頭が上がらないらしい……

そして、良介の会社のパーティーと今回の旅行の日程が被っていることを、理沙子が当たり前の様に知っているのも驚きだった。

「やだあ良介、結局優雨に電話させたの?」

「えっ……優雨が、勝手に……」

ばーか、そんな訳ないじゃない。そうそう、あの宿はねえ、政財界お偉いさん芸能人なんかもお忍びで来るのよ。社員旅行じゃ食べられないご馳走ばかりよ?」

偶然なのか、それとも事前に知っていて旅行の日程をこの日にしたのだろうか。

良介はと言えば、理沙子の話に合いの手を入れながらヘラヘラと笑っていて……もしわざとこの日にしたのなら、理沙子も、それを受け入れる良介も、やはりどうかしていると優雨は思った。

でもそんな思いも、隣に座って運転している結城の横顔を見ると喜びの感情に消されていく。

結城の車で、初めての旅行
嬉しくて、心がときめいてしまうのが抑えられない。

せっかくだから楽しもうと思う自分と、そんな風に割り切れる自分もやはりおかしいのではないか……という思いが優雨の中で揺れていた。

このウラログへのコメント

  • 里織. 2017年08月12日 07:26

    優雨 幸せにしてあげてくださいね…

  • 吾朗 2017年08月12日 07:49

    > 里織Sさん

    いつもコメありがとう

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