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愛したのは・・最終話

2017年07月21日 02:26

愛したのは・・最終話

「大事な話?」


「吉村さん、あなたはもう10日間こちらで入院なさっていますが、何かお気付きではありませんか?」


「もう、退院してもいいんですか? 」


「…私は診療内科の医師ですが、これから別の科の先生が来てくれますから、よくお話を聞いてください。」


「………」




しばらくすると「失礼します。」 と言いながら女性の医師がベッドの横に立ち、主治医は席をはずした。


はじめまして産婦人科橋本です。」


「…はあ。」


「吉村さん、ゆっくりお話ししますね。」


「なんでしょうか。」


「詳しく検査する必要がありますが、あなたは妊娠なさっています。」


「先生……それは間違っています。…私はその…リングを装着しているんです。妊娠しません。」


「はい、おそらく装着した時に、説明があったと思いますが、避妊できる確率は99パーセント。」


「はい。」


「100人に一人は妊娠する可能性があります。実際に、私も 数件診てきました。」


「………」


出産された方もいらっしゃいますし、そうでない方もいらっしゃいます。」



心に灯りがともる。


「吉村さん、いろんな事情がおありだと思いますので、よくお考えになって…」


「産みます。」


「急いで決めなくても構わないんですよ。どなたかにご相談なさって…」


「いいえ、今、夫と相談しました。 約束を守ってくれたんです。」


「………」


「本当に子供がいるんですね。ここに…」


「えぇ、そうです。」


大好きな人の子供。」


「………」


「嘘をついた事がない人なんです。」


「素敵ですね。」


「えぇ…とても素敵な人。今も私を愛してくれています。」



橋本先生は深く頷いた。



私はようやくちゃんと泣けた。
たくさんの涙を流した。



「吉村さん…ご自身を大切になさってください。もう、あなた一人だけの身体ではありませんからね。」


「はい。」


「では、後で詳しく診察しましょう。」


「よろしくお願いします。」





『君を一人になんかしない。』



あなた…


優しく微笑んでいるあなたに


今すぐ抱きついてキスをしたい




内縁の妻には、財産相続する権利はない。

私はベッドの上で、身の振り方を考えていた。

あのマンションを出なければ…


また小さなアパートを探そう。
来年の8月に誕生する新しい命を大切に守って生きてゆこう。


落ち着きを取り戻し、退院が決まった私は、由貴に連絡した。



「学校は冬休みですから、私何でもお手伝いします。」


見舞いに来てくれた由貴は、力強い味方だった。


「ありがとう由貴ちゃん。」


「見ているだけで何もしてあげられない自分が、情けなくて、いやだったんです。」


「…由貴ちゃん。」


「奈津美さん、きっと素敵なママになりますよ。」


「そうかしら。」


「だって絵本読み聞かせ、だいぶ上手になりましたから。」


「だいぶ?」


「あ、すみません。」


「ふふ…いいの。自信がついたわ。」



私はいつの間にか、子供に囲まれる事に慣れていた。
柔らかい頬や、一生懸命眼差しが、自分を癒している事に気付いていた。


夫に甘え、わがままを許され、自分を取り戻していったような気がする。


「こんにちは。」


顔を覗かせたのは、悟史だった。


「ちょっと、いろんな手続きがあってなかなか落ち着けないんだけど、具合はどうかな?」


「何から何までいろいろごめんなさい。…明日、退院する事になったの。」


「そう、 よかった。じつは大事な話があって…。親父の会社の石崎さんに、一緒に来て頂いたんだ。」


石崎がかしこまって中に入って来た。


「親父」という呼び方を聞いて、由貴の顔がひきつる。


「あの、奈津美さんは、ママになるんです。アパートが見つかるまで待ってあげてください。」


「えっ?」



悟史が石崎と顔を見合わせた。


「本当に?」


「えぇ。」


「産むんだね。」


「はい。でも、あの家はなるべく早く出ていきます。」


「そんなに強い人だったっけ。」


「あなたよりは。」



悟史の苦笑いに、由貴が勝ち誇ったような顔をする。


「じつは、親父とお袋を一緒にしてやりたいんだ。お墓なんだけど。兄貴とも相談してみた。」


あぁ、当たり前の事だ。


私は部外者でしかない。


「えぇ、わかっています。」



心が小さく傷つく。




「それから。」


「はい。」


「あの、私、席を外します。」


「いいの。由貴ちゃん、ここにいて。」


「…はい。」


「何でも言ってもらって構わないわ。迷惑をかけるつもりはありませんから。」


「奈津美、親父は遺言を書いていたよ。」


「えっ?」


「石崎さんに知らせて頂いたんだ。」


「………」


「親父は君にあの家を遺したよ。預金もある。」


「………」


「俺達息子にも遺してくれたし、異存はないんだ。」


「………」


「いろんな手続きは石崎さんに協力して頂くといいよ。」


「でも私は…」


「親父は、本気で奈津美を幸せにしようとしていたんだ。」


「それは間違いありません。」



石崎が口をはさんだ。



「吉村さんは、婚姻届が受理されなかった事にとても落ち込んでいました。 自分がいなくなった後に、何も遺せない、妻に申し訳ない事をしたと嘆いて、ご自分を責めていました。」


「………」


「個人的な事を、なぜか私にはよく話をしてくださいました。
それで、私も知人の弁護士に聞いて、遺言の事をお教えしたんです。」


「………」


「きちんと作成して弁護士に預けてからは、安心したのか元の吉村さんに戻ったようでした。」


「………」


「ですから、奥様を最後まで幸せにして差し上げたかったのだと、はっきり申し上げる事ができます。」


由貴が鼻をすすっていた。


石崎の話は、さざ波が押し寄せるように、静かに胸に響いた。


「奈津美、親父の気持ちを受け取ってくれ。」


「…でも、本当にそれでいいの?」


「お袋が亡くなって、落ち込んでる親父を救ったのは奈津美だ。………それに…そのお腹には俺の妹か弟がいるんだろ?」


「…あ…」


「親父が生きてたら、ふざけるな。って言ってやりたいよ、まったく。」


「………」


「へんなの。」



由貴が言った。


「あはは…とにかくそういう事だから、後は石崎さん、よろしくお願いします。」



悟史はそう言って出て行こうとした。


「悟史。」


「ん?」


「ありがとう。…それから、ごめんなさい。」


「ああ、俺もおんなじ。それに、親父にはかなわないよ。…じゃあ。」




悟史は笑顔を残して出て行った。



退院の日、私は石崎の車で自宅に戻った。


荷物を運んでくれた石崎にお茶を用意する。


「構わないでください。すぐにお暇しますから。」


「お世話になってばかりで申し訳ございません。」


「いいえ、吉村さんには、入社してから随分お世話になってきましたから、当たり前です。」


「本当にありがとうございます。」


「分からない事がありましたら、遠慮なくいつでもご連絡ください。社長からも申しつかっておりますので。」




夫が遺していったものに守られているような気がする。



この家だけでなく、周りを見渡せば、悟史や店長夫妻、そこから繋がる由貴やかわいい子ども達。
見るからに誠実な人柄の石崎。

それからお腹の子供。


それでも夫がいなかった。

夫のいないこの家で、私は生きて行かなければならない。



「石崎さん。」


「はい。」


「夫は、幸せだったと思いますか?」


「もちろんです。奥様の事ばかり話していました。 可愛らしい人だと、自分は幸せだと。 吉村さんは、奥様が幸せでいてくれる事が、幸せだったと思います。 それはもう、私も羨ましく思える程で、早く結婚したいと思いましたから。ははは…」


「ありがとうございます。」


「では、そろそろ失礼致します。」




これからも、いろんな人に助けてもらおう。

もう一人で肩肘張るのはよそう。

いつでも微笑んでいたいから。

夫の為に、この子の為に。


泣きたい時も、もう一人じゃない。



…………………







太陽が輝きを増す8月の初めに、私は女の子出産した。



命名 望(のぞみ













ママー、ゆきちゃーん、早くきてー。」


由貴は就職した後も同じアパートに住み続けていた。


「望、由貴お姉ちゃん、でしょう?」


「はーい。」


あれから5年が過ぎていた。


由貴のアパートを訪ねる度に、階段を下りてきた夫が、「やぁ、久しぶりだね。」と話しかけてくる姿を捜し、胸を熱くしていた事が、優しい思い出に変わりつつあった。

二人してベッドから転げ落ちた思い出も、今は微笑ましく感じられる。


「明日は望ちゃんの運動会ですね。」


「そうなの、お弁当作らなくっちゃ。」


「彼は来てくれるんですか?」


「石崎さん? そうなの望がわがまま言って無理やり約束しちゃったのよ。」


「…で?」


「えっ?」


「も~、じれったいなぁ。いつまで石崎さんを放っておくんですか?」


「彼とは何もないのよ。」


「わかってますよ。だからじれったいんです。」


「………」


「このままじゃ石崎さんは、ずっと奈津美さんの事を、奥様、って呼び続けますよ。」


「お世話になってばかりで申し訳ないわ。」


「……奈津美さん、石崎さんの気持ち知らないんですか?」


「えっ?」


「誰もが知っているのに。」


「………」


「ずっと奈津美さんと望ちゃんを見守ってきた人ですよ。」


「……怖いの。」


「えっ?」


母親から女になるのが怖いの。」


「奈津美さん…」


「手を握った事もないの。」


「好きなんですか?」


「わからない…わからなくて時々逃げ出したくなるのよ。」


「今まで望ちゃんとがんばってきたんです。誰もが認めてくれますよ、亡くなった旦那様だって。」


「この話はやめましょう。」


「も~。」


ママー、さっき買った望のアイスちょうだい。」


「まだよ。由貴お姉ちゃんのお家で手を洗ってからね。」


お姉ちゃん、早くカギ、カギ。」


「あはは。はいはい。」






あなた…


私、ちゃんとママやっています。


望はよく笑う楽しい娘です。


あなたによく似ています。


あなたはお義母さんと、仲良くやっていますか。


私は…



私は…









ママー、見てた? 望は何番だった?」


「…2番か3番よ。」



「え~、どっちかな。2番がいいな。」


「2番だよ。」



石崎が笑いながら言う。


「やったー。」


運動会帰り道、望の明るい声が響く。


「石崎さん、いつも望のわがままに付き合わせてしまって申し訳ありません。」


「あ、いいえ奥様、私は結構楽しんでいますよ。今日はお弁当ごちそうさまでした。」


「いいえそんな。あ、望、そんなに走ったら危ないわ、ほら、手を繋いで。」


「はーい。」



望は駆けてきて、並んで歩いていた私と石崎の間に入って二人と手を繋いだ。


「わ~い。ブランコみたい。」


ぶら下がる望の体を、腕を引き上げて支える。



「あはははは。」


「望ちゃん軽いなー。そーれ。」


「わ~い。」



「望ちゃ~ん」


「あ、トモちゃんだ。」


「望ちゃんのパパなの?」


「そうだよ~。」


「望!」


私は望を地面に下ろした。


「望、嘘はいけないわ。」


パパは石崎さんがいいな。」


「望!」




望は怯まず私の手を掴んだまま、石崎の手を私の手の上に乗せた。


「仲良しは手をつなぐんだよ。」


「あの、ごめんなさい。」



石崎にそう言って、手を離そうとした時、石崎が私の手を握りしめた。


「………」



「奈津美さん。」


「………」


「このまま少し、私と一緒に歩いてくれませんか。」


「………」




返事が出来ない。
正しい返事はどれ?


「わ~い、やったー。」


固まっている私と石崎の周りを、嬉しそうに跳び跳ねる愛しい娘。



石崎の包み込むような視線から思わず目をそらす。




ふと見上げれば、澄みきった秋の空に、真っ白な飛行機雲がまっすぐに伸びてゆく。




それは、誰かが私の歩く道筋を指し示してくれているようだった。







さあ歩き出すんだよ





奈津美


















このウラログへのコメント

  • おりんさん 2017年07月21日 03:52

    みんな幸せになるといいですね

    素敵な話、ありがとうございました

  • Chico 2017年07月21日 05:14

    毎日毎日楽しみでした

  • 里織. 2017年07月21日 06:18

    最終話、泣きながら読みました…
    幸せになれて良かった…
    ひとりは淋しいですからね。
    毎日楽しみでした(^^)

  • *みぃ* 2017年07月21日 07:34

    温かい気持ちになれました。

    ありがとうございます(*^_^*)

  • 吾朗 2017年07月21日 08:19

    > おりんさんさん

    おはようございます
    最後までお付き合いくださりありがとうございました
    自作もヨロシクお願いします
    コメありがとう

  • 吾朗 2017年07月21日 08:20

    > Chicoさん

    おはようございます
    これからもヨロシクお願いします

    コメありがとうございました

  • 吾朗 2017年07月21日 08:23

    > 里織Sさん

    おはよう
    泣かせてゴメンね
    いつもありがとう

    次もヨロシク
    コメ嬉しかったです

  • 吾朗 2017年07月21日 08:24

    > *みぃ*さん

    おはようございます
    最後までありがとうございました

    自作も読んでくれると嬉しいです

    コメありがとうございました

  • monchann 2017年07月21日 08:24

    素敵なお話しでした。
    最後の数話は涙流しながら読んでいました。
    幸せが訪れてくれてよかったです。
    ありがとうございました(^-^)

  • 吾朗 2017年07月21日 18:18

    > monchannさん

    こんにちは
    最後までありがとう
    凄く嬉しいです

    次作もヨロシクお願いします

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