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成程話:西郷隆盛が到底かなわないと言った男

2016年10月23日 08:43

あの西郷隆盛さんに、「その才器、識見、到底自分が及ぶものではない」と言わしめた “橋本左内”さんの話。


橋本左内さんが15歳の時に書いた「啓発録」から紹介します。


「志」とは、心が向かうところであり、私たちの心が「そうしたい」と願うところを指す言葉だ。
武士として生まれた以上、忠孝の精神を持っていない人間はいないだろう。
忠孝の精神があれば、武士にとって主君は大事な存在であり、また家名を授けてくれた両親も大切な存在だと理解しているはずだ。
そのことに合点がいったなら、当然のように己の将来を重く考え、こんなふうに思い立つべきだろう。
「我こそは、武芸の腕を鍛え抜き、学問を究め、過去の聖賢君子や英雄豪傑のようになって我が君主のために働き、天下国家の役に立って武家の名をも高めよう。
酔ったように生き、夢のように死ぬ者にだけはならないぞ!」
武士の志とは、これほどまでに強くあらねばならないと思う。
志を立てるときは、ふと思い立った気持ちであっても、その思いがどこに向かっているのか、しっかりと定めなければならない。
そして先の言葉のように、考えて考えて己の指針をハッキリと表明し、常々その情熱を失わないよう、努力していかなければならない。
では、そんな志を、私たちはどのように立てたらいいのか?
まず書物に影響を受け、そこから閃くということがある。
それから師の講義や友の意見を聞き、自分も啓発されることがある。
あるいは、自ら思い煩い、苦慮して結論に至ることもあるだろう。
さらには激しい憤りを感じたり、感情を突き動かされて、その結果、志を持つことだってあるはずだ。
いずれにしろ、平常をのほほんと過ごし、心がたるんでいる状態では、志など立てられるものではない。

「啓発録」
橋本左内
夏川賀央 現代語訳
致知出版社より


橋本左内さんは言います。
「いにしえの時代に“豪傑の士”と呼ばれた者でも、目が4つ、口が2つの化け物だったわけではない。
彼らは皆、大きな志を持っていたから、たくましく成長していくことができた。
大きな志を持っていたから、天下に大きな名を揚げることができた。
世の中の多くの人は、大した成果もなく、その一生を終わってしまう。
それはすべて、太くたくましい志を持っていないからなのだ」
【志】
有名な道元禅師と弟子の会話です。
「なぜ、成功する人としない人がいるのか?」
この問いに、道元禅師はこう答えました。
「それは、努力をする人としない人の違いだよ」
では、「なぜ努力する人としない人がいるのか?」
その問いに対して道元禅師は、
「志(こころざし)の有無だ」と。
では「なぜ、志がある人とない人がいるのか?」
それに対し、最後こう締めくくります。
「志が有る人は、いつか必ず死ぬということを自覚している」
この一度の人生を、どう生き、どう死ぬか。
必ず死ぬ日が来るという事実から目を背けずに、一日一日を本気で生きていきたいですね。
15歳で橋本左内が言った「酔ったように生き、夢のように死ぬ者にだけはならないぞ!」を肝に銘じていきます。

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