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山岡さんの日記(6)

2013年05月30日 23:10

びっくりしました。 

今みると、フレンド登録の人数「3人」です・・・。3人の方、ありがとうございます。

この3人の方とは永くフレンドさんでいたいと思いました。 
一時は百人近くいたんですよ。先日のコメントに書いていただいたように、ほんとうに男性ってあっさりしているんですね・・・。 すこし時間を開けると潮が引くようにサーっと引いていってしまわれるんですね。

でも、私はこれくらいが丁度いいのです。けっして負け惜しみじゃありません。

遊び半分で始めたデジログなのですが、ある時ある方のコメントから、自分の生い立ちを書いてみようって思ったんです。
いったい私は何者なのか? 

なんで、子供のころはお勉強はそこそこ出来る賢い子だったのに、今はこんなドがいくつもつくドドド・・変態になってしまったのか?

もう私は答えを知っています。でも、それを文章にすることで、何かを乗り越えられるような気がしているんです。

私の本当の父親は誰か・・それも私はもう答えを知っています。先に答えだけ書いておきましょう。

公務員の人、当時30代半ば~後半くらい、今の年齢は? 私の年齢を足し算すればいいだけです。たぶん東京近辺に住んでいます。 もしかしたら電車などで一緒になったことがあるかも・・。知っているとは言っても、それしか分からない・・。

今、書いている山岡さんの日記、昭和53年・・・このときは、私が生まれる2年前です。
母が高校のころの事を書いています。今から何年前になるのかな?

高校のことを、女学校なんて言っているのが面白いです・・・アハハ。


山岡さんは、母のことを本当にいろいろ書いています。同じような事を繰り返して書いていたりもします。
先日、堕胎手術を受けて帰るところまで書きました。その後に母の生い立ちを書いているんですが、別な日付でも同じような事を書いています。 そちらの方が詳しいので、そちらを書きましょう。


昭和53年8月25日

学校は夏休みだが、ヤスコは講習があるという。講習があるので、私とは会えないという。夜は講習の予習復習があるから忙しいという。
ヤスコは、分かっていて私をもてあそんでいる。

ヤスコの実家は県庁のある○○市、盆地である。 ヤスコはそこで小学生のころから、親の愛情をあまり感じずに育った。もちろん愛情のない親はいない。忙しくて構えなかっただけであろう。しかし、それだけでは、あんな風にはならない。

ヤスコ母親は正看護婦で○○市の総合病院でいまでも働いているそうだ。父親も同じ総合病院の勤務医だそうだが継父である。
ヤスコ小学校5、6年のころ、父親を亡くしたらしい。このあたりの詳しい事情はあまり聞いていない。

ヤスコ母親は正看護婦だが、他のほとんどの看護婦は中卒で準看護婦資格しか持っていないらしい。
ヤスコ母親病棟の担当で、これら中卒の看護婦を束ねる立場であったらしい。
また病棟勤務であるので夜勤も多く、ヤスコは家で一人夕食を食べ寝て、朝、学校へ登校という日々も多かったそうだ。

ヤスコ母親は、病棟看護婦から外来看護婦への職場替えの希望をたびたび出していたそうだが、人出不足を理由になかなか認められなかったそうだ。

やがて、ヤスコ中学卒業し、女学校へ入学した。このころの女学校は共学進学校というのだそうだ。
このとき、ヤスコ母親再婚した。相手は同じ病院に勤務する外科医だった。外科医は救急外来もみるのだそうで、やはり夜勤も多かったそうだ。

夜の病院で逢い引きしていたのだろうか? それはゲスの勘ぐりというものか。

外科医には一人息子もいて、ちょうど県立の医学校へ入学したばかりだそうだ。
息子が医学校へ入学し、ヤスコ女学校へ入学し、ちょうどよい頃合いということで、ヤスコ母親とその外科医は結婚したのだそうだ。

ところが結婚しても、看護婦と外科医は夜勤が多かった。すなわち16歳の女学生と19歳の医学生が二人っきり一つ屋根の下で夜を過ごすこともあるのだ。

どうも、ヤスコはその19歳の医学生強姦まがいに処女を奪われてしまったらしい。
それ以後、二人はたびたび男女の営みをするようになったらしい。二人は好き合っていたのかどうかは、聞いても分からなかった。好き合っていれば、致し方ないかもしれないが、好き合っていない若い男女がその欲望のまま体を繋げていたのだろうか?

彼らは若く避妊が充分ではなかった。 あるとき、珍しく家族4人で食卓を囲んでいるときに、ヤスコは嗚咽を覚えた。 医師の継父も看護婦母親も、それを見過ごすことはなかった。

継父も母親も、まじめな女学生医学生が、そんな関係になるとは夢にも考えていなかった気配があるそうだ。 いや、ある程度は分かっていたかもしれない。いや、分かっていた筈だが、不都合なものは見ない事にしていただけだろう。

医学生息子は、勉強に専念という理由で、医学校は同じ市内であるにもかかわらず、下宿をあてがわれて家を出された。
そして、ヤスコ堕胎・・・これは自宅で継父と母親がみづからが行ったのだ。産科婦人科にはとても連れていけなかったのだろう。
専門外ではあるが、外科医と病棟看護婦には、いちおうこなせる医療行為だったようだ。

ヤスコに風呂に入って体を奇麗に洗ってくるように命じて、継父と母親は和室にテーブルクロスをしきつめ、その上をアルコール消毒し、病院から持ち出してきた器具を台所で煮沸消毒した。

バスタオルを巻いて出てきたヤスコは、全裸で仰向けに寝るように命じられ、継父と母親の前にその陰部をあらわにした。丁寧なことに剃毛までされた。 継父と母親は、あらゆる雑菌を死滅させた。

そして、継父によって、16歳のヤスコ子宮から、かき出された。 かき出されたものは、継父にとっても母親にとっても孫なのである。

そして、母親ヤスコ抗生物質注射を打った。

これは、ヤスコから、途切れ途切れに聞いた女学校の時代の話しである。

それ以来、ヤスコ性欲が強くなってしまったという。

ーーーーーーーーーーーー

なんだか疲れました。きょうはおしまい・・・・。satomin

このウラログへのコメント

  • azamino 2013年05月31日 00:40

    お疲れ様でした
    やっと此処まで書いて下さって
    有難う
    続きも楽しみにしています(^_-)

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