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幻の雲で会えたら・・・5

2009年09月29日 15:12

幻の雲で会えたら・・・5

翌朝、私は会社の同僚に不気味がられるほど、にこにこして
しまっていた。

 あと少しでたどり着く。あの不思議なフワフワ雲の中に。

 そう考えただけでもう、何もかも投げ出して街中、踊り狂い
たいほどだった。

 そうして私は、フワフワ雲到達を目標に、色々とはしごの上に
持ち込んでみることにした。
 トムと、飼っているハムスターのミミ、これはちょっと部屋に放して飼っていたわけじゃないから大変だった。ソファーの上で
私は、左手でトムを撫で、右手でミミのカゴを持ち、そのまま寝なきゃ
いけなかったから。

 それで左手と右手がはしごの残り、二段までは行けるようになった。
 その次に生き物はもういなかったからとても困ったんだけどあとはもう開き直りね。

 手近にある辞書だの詩集だの、貯金箱だの、色々おなかの上に乗せて
ソファーで寝てみたわ。

 フワフワ雲の奥の声はだいぶおしゃべりになってきたみたい。
私が貯金箱まで持参していった時には、雲はこう言った。

「そんなもんまで持ってきて、何考えてんだか。」

 私、とても不思議になる。

 これって、まるで私の言い方にそっくりなんだもん。
 フワフワ雲の奥で私を待っている声の主、あなたは一体誰??

 とにかく、なかなかそこからは、物では進めなかった。
 けれどフワフワ雲の奥の声と話せることが楽しみで、私は
晩色々なものを持参してはしごの上に乗ったの。

 季節も変わった。八月に入ってしまって、夏も本格的。
 はしごの上で私は汗だく。そうして何週間も、ずっと雲に向かうんだけど、その頃にはもう、はしごの上から
見るフワフワ雲のはしっこは私が投げたものだらけになってしまった。
 なんとかして雲に届いてみたいばかりに、持ってきた冷蔵庫
中の調味料や飲みかけの薬、ボールペン印鑑まで投げちゃった。

フワフワ雲の奥の声の主は、たまに呆れて、それでも楽しそう。

 でもある晩、雲はちょっと低い声で言った。

「このままじゃこっちに来られないよ。多分、ずっと。」

 私、トムとハムスターのミミを背中に乗せて、はしごの上で
本気で泣いた。子供みたいに泣きじゃくった。
 もしかしたら沢山泣けば、フワフワ雲に行けるかもしれないとか思いながら、わんわん泣いた。

 たどり着かなくてもいいや、と思って、はしごに乗ることを楽しんじゃってた。でも雲はずっと待ってくれてた。

 でも、これじゃいけないのよね・・・。

 すごすごと、その日初めて、私は自分からはしごを戻ったの。

 朝、フワフワ雲は何も言わないし、ただ浮いているだけ。
 ため息交じりに眺めても、虹色に輝きもせず、心なしかそのまま消えてしまいそう。

 急がなきゃ。なんとかしなきゃ。
 私は、仕事中も、仕事を終えてご飯を食べながらも、真剣に考えたの。

 どうしてあと数段進めないのか。どうして、あと数段を行かせてくれないのかって。
 ちょっと頭を冷やしてよぉく考えてみなきゃね。

 一日だけ、私は雲に行くことを辞めた。
 そしてその晩、彼に久しぶりに誘われてバーで飲んでいた。

 うまくいかない仕事の事。家庭のことなどを聞きながら私、
彼の疲れきった顔をぼんやり眺めて微笑んでいた。
 目の前には食べきれないくせに注文したおつまみが置かれていて私の頼んだジンジャエールはもう、気が抜けてグラスの底から泡がひとつ、ひとつ上にのぼっていく。

 「ん、どうした?」
 会話にろくに参加してないじゃないか、って感じで彼が言う。


・・・真実
 突然に心にひらめいた。

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