くろ助と事務長の話。③

ハリネズミの便箋に文字を綴った。

書いてくうちに何を伝えたいのか分からなくなって破って捨てるを繰り返した。

好きとか嫌いとか、そんなんじゃなくて

伝えたいことはもっと複雑で

それを言葉にすることが出来なくても

どうか届いてほしい。





『好きの話』


最後の日までくろ助は事務長を避け続けた。よく見回りしているこの人と出会うタイミングは多くこそこそしているくろ助は他の人にもきっと怪しいやつと思われていたのだろう。

(……顔合わせづらいんだよね)

変に意識してしまうのは好意をちゃんと理解したから。
今思うと、くろ助は事務長に甘やかされてばっかりだった。

いつも何かくれるし、優しいし、頼み事もすぐやってくれる。

(…これも好きだからだったんだな…)

ずっとくろ助がダメ人間だから気にかけてくれてるのかと思った。



くろ助の手にはハリネズミのシールが付いた手紙。

退職する準備で事務長室に籠る事務長。

渡すタイミングが見つからない。

やけに手紙が重く感じる。

早く渡して終わりにしたい。




なのに



くろ助「なんで事務長一人にならないんだろ…」

木村「まだ渡せてなかったの？」

常に誰かと居たりして手紙を渡すことが出来ていないくろ助。

木村さんはもう潔く渡すのやめればなんて言い出したけど折角書いたんだし渡したい。



午後。


花束を渡す時間にも間に合わなかった。

(……今日に限ってなんでくろ助に任せないかなぁ)

毎度花束を渡したりメッセージカードを書く係なのに今日に限って忙しくて不在だったくろ助。いつの間にか花束は渡されていた。

(どさくさ紛れて手紙渡せると思ったのにな……もう、こそこそするのは諦めよう)


結局事務長室に補佐がいる前で手紙を渡したくろ助。

全くムードもない、適当な感じになってしまった。

仕方ない。断りの手紙だしそんな甘酸っぱいもんでもないしな。



仕事も定時になり上がってく同僚を横目に今日も木村さんと木村さんの上司とくろ助が居残っていた。

(やっぱり静かな時間のが仕事捗るんだよね)

キーボードを打つ音が響く中に靴音が混じった。この歩き方は……

事務長「ちょっといいかな」

くろ助・木村「？！」

驚いて顔を上げたのは木村さんもだった。

事務長「パネル操作知らないよね。もしもの時に困るから今いい？」

くろ助「はい、大丈夫です」

席を立つくろ助を心配そうに見つめる木村さんの視線が嫌でも分かった。
詰め所から１０mも離れてない部屋の扉を開けて中に入る。開きっぱなしの扉に密かに安堵の息を漏らしたのはわざとじゃない。

真面目にパネルの説明と操作方法を伝えてくれる事務長。

(……手紙、読んでないのかな)

何度か操作を練習するくろ助。物覚えが悪いからメモに手順を一から書かないと忘れてしまう。

事務長「…なんか、色々ごめんね。考えさせちゃったみたいで」

文字を走り書く手を止めて事務長を見る。申し訳なさそうな顔をしてた。

くろ助「……あ、えっと………こちらこそ…ごめんなさい」

上手く言葉が出ない。
肝心なときに、伝えたい言葉は用意してたのに、結局結論しか出せない唇が憎い。

(…事務長の好意は悪くないのに………)


正直、優しくしてくれる事務長は好きだった。

でもこの好きの感情は寄り添い遂げたいものではない。

手紙にも綴った。

『同じ好きではないからごめんなさい』

もしかしたら納得出来ないのかもしれない。
最悪木村さんとの関係を暈しながら話そうかとも思った。顔をあげて言葉を紡ごうとすると掌で静止される。


事務長「くろ助さんが謝ることないよ。まあ、ちょっと期待してたけどさ…その、これから頑張ってね」

軽く頭を撫でて部屋を出ていく事務長。



(…………大人の人って潔いんだな…)

一人残されたくろ助は拍子抜けしたようなモヤモヤした気持ちを抱えたまま、事務長との最後を迎えた。








えんど？










ねくすと→


急遽続きます。
次回は裏ログにて！！