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こんなに暑ければ思考停止するし、

2006年08月14日 18:32

自分の思いが何も湧いて来ない。読書読みかけては投げ、読みかけては投げの連続。
試しに、昔、読んだショウペンハウエルの「読書について」を読む。
読書は他人にものを考えてもらうことである。本を読む我々は他人の考えた過程を反復的にたどるにすぎない。・・その通り。そこで、ショウペンハウエルを投げ出す。昔、阿部次郎の「三太郎の日記」や「人格主義」に夢中になったことが有った。しかし、最後に帰する所は和辻哲郎との確執というよりその妻、照への恋心が招いた確執だったではないか。
もう、どうでもいい事ばかり。

しかし、未だに忘れないのは朔太郎の漂泊者と帰郷だ。

日は断崖の上に昇り 憂いは陸橋の下を低く歩めり。
無限に遠き空のかなた 続ける鉄路の柵の後ろに
一つの寂しき影は漂う。
ああ汝 漂泊者!  過去より来たりて未来を過ぎ久遠郷愁を追い行くもの。
で始まる詩と

わが故郷に帰れる日
汽車烈風の中を突き行けり。
ひとり車窓に目醒むれば
汽笛は闇に吠え叫び炎は平野を明るくせり。
まだ、上州の山は見えずや。
で始まる詩と
は自分の血肉となっている。

落ち込んでいく状態の中で、自分の本当に今、求めている者は
正直に言って、50才~60才の女の人なのだ。妻と分かれて
朔太郎は故郷に帰っていく。その逆作用のように、自分は女・女友達ガールフレンドを求めている。
この気持ちは何だろう。

暑いさなかの妄想か。

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