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新・悲しきヒットマン ; 見た映画 June ’06 (3

2006年06月07日 06:18

新・悲しきヒットマン  Another LONELY HITMAN

山之内幸夫 原作

監督:  望月六郎.
出演:  石橋凌、沢木麻美 、山田 辰夫、金山 一彦 他

106分

1995年


観てからもう一週間以上経っているので記憶が薄くなっているのだが、今、ゆっくり思い出して見ると、先ず、主役の服役中の10年のことを想う。 その頃、どこかで読んだのだが指定組織暴力団だったかの顧問弁護士が何か雑誌に書き物をしてそれを読んだというような記憶があるが、それが原作者の名前に近いような気がした。 だから、そうであれば、内部を知る者の書き物として危ない部分を排除してのロマンと想像した。

80年代前半から90年代前半までバブル期刑務所で過して出てきたときには犯罪社会も様変わりしてたのだろう。 そのノスタルジーとロマンに彩られた男が「筋をとおす」とどうなるかという90年代の大阪である。 

岡本太郎作の70年万博の「太陽の塔」占拠の挿話が主人公から語られる映像がなつかしく見られた。 学生のころ数度ここを訪れたことがあるので今これを見て当時の喧騒を懐かしく想ったものの、この話の主人公に新しい叙情的な彩を添える意味では貢献するし、また、60年代の東映やくざ映画脈絡を今風にして曳くものだろうと思う。

主人公は別としてこの種の映画の脇役が興味深い。 兄弟の繋がりがいつの時代でも同じく経済、それはどのような経済であっても、その関係で破綻、変化していく中、ある種のモラルがどれほど保たれるか、それに流されるものとして悪が描かれ、主人公が虚像としても「義理」を通す中で、われらがヒーローの対抗する悪に興味が湧くのだ。 バブルの中で表社会の新参者として投機資金である自分のマネーローンダリング資金を、地方信用金庫管理職に取り入り逆にさらわれる饒舌、滑稽な兄弟分の顛末が現代の巨悪の構図を示唆するものとして力を持つが現実の巨悪はもっとしたたかクールに機能しているものと想像する。

これは少し捻って現在、金融投機の世界でスキャンダルになっている事件とも多少とは係わり合いがありそうでこの部分では少なくとも悪の構図の相似形をなしているのだろう。 現代やくざ、経済やくざといわれるものをニュースでかいまみたのであるが、それを映像化するほうが見るほうとしては面白いのだが、作る方としては幾度か災難にあった監督の例もあり、やくざ映画ヴァイオレンスというものをこのように撮っている方が安全なのだろう。 それは、この間観た「実録・安藤昇侠道伝」でもいえることであり安藤伝が既成のイメージデフォルメして再生産することとも関連する。

初め何か書こうと朧に想ったものからまた逸脱したようだ。

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