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200人程の前で話したこと

2006年06月05日 01:51

200人程の前で話したこと

仕事もしないのに今週は何かと忙しかった気がする。 その中でやっと終わってほっとしたものがあり、それを昨日の午後から一日の終わりまでを思い出しながら記す。

私たち夫婦と20年来の友人のインドネシアオランダ女性芸術家デルフトの軍事博物館の向かいにある小さなギャラリーで二人展を午後3時にオープンするというので久しぶりに青空と覗いた日差しの中、今日は夫婦で電車に乗りデルフト、ロッテルダムを訪れることにした。 当然、体にアルコールを入れることを予想してのことであるが、たまには電車、バスで移動するのも面白い。 電車の中でも面白いことを沢山観察できるのだから悪くはない。 温かい日差しが入る小さなギャラリーでオーナーがスピーチを20人ほど集まった人たちの輪の中でする足元、16歳になるオス猫がごろりと横になって日向ぼっこをするのが印象的だった。

ロッテルダムレストランで鮭の網焼きに大きなアスパラガスが何本も付いたのに簡単なバターソースをかけて新じゃがのフライパンで炒めたもの、クレソントマトサラダビールで腹に入れ、早い夕食をコーヒーアップルタルトで締めたら気分が落ち着いた。

この何日か緊張していたのがまだ残っているのだけれど。 それは、


久しぶりの急な頼まれごとで200人ほどの前で写真を見せながら個人的な思い出を1枚20秒ほどで20枚見せて話せというのだから少々困った。 それでロッテルダム写真美術館の承諾を得てそのサイトに出ているものを使用することになったのはいいが結局、1700枚弱の写真を見渡してみても自分の使えるものはたったの1枚、これではどうしようもないのでデジタルカメラで自分の持ち物からコピーしそのことを写真家の家族にも詫びを入れ何とかことを得たが、いつもの気性で最後の最後まで話すことをああだこうだと考えあぐね、話し時間が2時間ぐらいあるのなら面白おかしく話せるのだがなんせコンピューターが20秒毎に写真を変えるのだから途中で詰まってしまえばアワワ、、うろたえている内に観衆は目の前のものが何のことか分からず、見る方も当方も置いてけぼりを喰って恥ずかしい終末にいたるのだからそれを何とか避けなければならぬと心した。

人前でどうでもいい話をするのであれば別段どうという事はないがこちらも相手の事はわからない、向こうもこちらのことが分からない、困ったものだ。 それに、ここでは或る人の思い出をかたるのだから事は正確を期さなければならず、ただこの写真家は世界的にも写真界では著名だから写真に興味があれば予備知識があるのだろうが、今の20代、30代の若者がほとんどの中では知るものも多くないかもしれない。 そうすると、話す情報は出来るだけ一般的、写っているもの、ものの見方に集中し、この写真家の撮った日本、オランダに関係するものだけに限って選んだが何枚かは写真家写真をとることを批評するかのような眼を示す上でアフリカで撮られた、60年代アメリカ人の老観光客達がアフリカの村を訪れて観光客目当てのよちよち歩きの着飾った子供達に大勢がカメラをむけているものを選んだ。 意識、無意識かまた、それを選んで世界に示す写真家の眼を伝えたかったが充分伝わったかどうか。

様々な話者が10人同じようにそれぞれ違ったことを話すのだが日本をテーマとしたこの会で古いものは殆どなく、私が示した1950年代の写真が最も古くて、話者の年代を見ても私が最古参に違いなく日本人オランダ人の話題、画像は現在のものばかりで従来のイメージから抜けるものが少なく、スポンサーの都合なのか日本で行われている建築、都市工学の紹介、自己宣伝が多いのには少々食傷気味にもなったのだった。

ともあれ、若い主催者が日蘭の文化の橋渡しの一環と家族一同まで狩り出してきっぷのもぎり、会場整備をする熱のあるミニ文化交流会としては、何かの役にたっているのだろうと、ジンと会場の熱気で暖まった体を家人とともに出て、ロッテルダム駅まで最終電車に遅れないよう足早に歩きながら今日の一日を納得させたのだった。

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