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有職故実

2009年05月25日 00:04

建暦元年記(1211)定家50歳から・・・、

この年は歌人としての定家はまったく用無しであり、作歌はわずかに四首のみ。/明月記の記する限りにおいては、もっとも時間をとられているのは、後鳥羽院の有職故実(※1)に寄せる情熱、すなわち古儀典の復活とその習礼(シフライ)、すなわち予行演習に関してであった。それは院の興味が次第に政治に移行していることを意味するであろう。礼儀がすなわち政治そのものであるのが宮廷というものなのである。

承久三年記(1221)定家60歳から・・・、

定家の父俊成は、子孫の栄達をねがって、「春日野のおどろの道の埋れ水末だに神のしるしあらはせ」と歌っている。すなわち、「春日野のいばらの生い茂った道の埋れ水のようなわが一族の、せめて子孫だけでも神の御験(シルシ)を顕して世に出させてください」と言っているのである。春日野氏神である春日明神を暗示し、おどろの道は、棘路、すなわち公卿の意に通じ、埋れ水は、出世の遠い自身を暗に言い、末は子孫であり、道の縁語でもある。/何と面倒な、と言われる方もあるであろうが、元来社交礼儀とは、入り組んだ手続きを踏まなければならぬものであり、その手続きそのものが社交礼儀なのである。

定家50歳と60歳の引用である。10年の間に同じ思いがず~っと定家の心にあったのだろうと想像できる。

即ち、宮仕えとは、元来こう言うことを指し示すのであり、今でも組織で物事を進めるに於いての手続きは、当時となんら変ることがないことが良く分かる。この手続きに様式の美しさを見出す時、やや乱暴に言えば、その見出した人はマゾヒスティックな喜びを感じるのかも知れない。まさに自己犠牲以外何者でもないであろう。

そして、導き出されるものは政治とは手続きである、と言うことだ。

(※1)朝廷武家の礼式・典故・官職法令などに関する古来の決まり。

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